上海のブックフェアで若い読者を虜に

――もう一つ、大山さんの特長として、これは日本の多くの読者も同じように感じていることですが、短い文字数にもかかわらず内容が驚くほど充実している作品だ、ということがいえるのだそうです。そして、スピーディーにテンポよく話が展開していくので、中国の読者にその速さが好まれているのだとか。

 毎年8月に、対談やセミナー、サイン会も行われる宣伝即販のブックフェアが上海で開かれるそうですが、客層は10代と若い。広い会場で各版元がブースを出して自社本を販売するわけですが、いろいろな本を置いてすぐに読むことができる状態にしています。そうすると、若い読者はパッパとページをめくって短編はその場で1話をすぐに読み切れるので面白い!ということで売れるという現象も起きています。なにしろ1編が短いのに何度もどんでん返しをくらい、最後の1行でまた衝撃を受けるという面白さですから。

大山 望外の評価を受けてありがたいです。

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――中国の読者の方との交流はありますか?

大山 ミステリファンが作る同人誌から寄稿を求められたことがあります。中国の読書サイトを見ますと、いろいろ感想を書いてくださっているので嬉しいですね。中国でもミステリは人気なんだなと思います。

中国、上海。写真:hoyano/イメージマート

――中国では、日本のように「仕事ミステリ」「旅情ミステリ」など細分化はされていないそうです。シンプルに「ミステリ」というジャンルで皆さん捉えている。

 大山さんご自身がお好きな中国の作家はいらっしゃいますか?

大山 SF作品「三体」シリーズの著者、劉慈欣(リウ・ツーシン)さんです。

 劉さんの作品は、度肝を抜くような奇想を次々と繰り出しながら、同時に人々のリアルな日常を描き、そこから生まれる叙情性も描いている。また、単に奇想を描くだけでなく、物理学から社会学まで膨大な知見を動員して、その奇想によって生じる社会や世界の変化までも描いている。これほどの作家はめったにいないと思います。

 劉慈欣さんは小松左京さんがお好きだそうですが、奇想と日常性や叙情性との両立というのは小松さんの武器でもあったと思います。私も小松左京さんは大好きですので、その流れをくむ劉さんも大好きですね。

――あのオバマ元大統領も、『三体』がお好きだそうですね。

大山 はい。『三体』のスケールがとてつもなく大きいので、議会との毎日の軋轢など些細なことに思えてきたそうです(笑)。

ミステリ初心者にぜひ読んでほしい! 大山さん太鼓判の選りすぐり国内3冊+海外3冊。(写真:文藝春秋写真部 榎本麻美)

ドラマから得る小説へのヒント

――さて、今度は国内のドラマ化についてお伺いします。「赤い博物館」は2016年から2017年にかけて2時間ドラマで2回、松下由樹さん主演で映像化されています。それから何度も再放送され、今年も放送されました。ドラマはオリジナルの設定がされていますね。

大山 ドラマ化については、作品の謎解きの部分だけ原作に忠実であれば、登場人物の設定はドラマ向けに変えてくださってかまわないと思っています。

 たとえば竜雷太さん演じる赤い博物館の守衛・大塚慶次郎は、原作ではあまり登場しない脇役ですが、ドラマでは緋色冴子の父(警察官)の元部下で冴子をあたたかく見守る父親のような存在の重要人物として描かれています。ドラマオリジナルの設定が、とても気に入っています。

――映像になったものを見て、小説を書く際の参考になる部分がおありだとか?

大山 プロットの作り方ですね。2時間枠のドラマなので、さまざまな要素を盛り込んでいるのですが、こういうふうに盛り込めばいいのかと勉強になりました。また、ドラマの1作目は『赤い博物館』所収の「死が共犯者を別つまで」をベースにしているのですが、作中の交換殺人の設定を映像向けにシンプルにしています。ですが、得られる効果は原作と変わらないので、このようにシンプルにすることができるのかと感嘆しました。

――ドラマ化もご自身の糧にしていらっしゃるのですね。

大山さんセレクト、「わが最愛のミステリ」! 国内編3冊+海外編3冊。貴重なラインアップです。

大山 脚本にも俳優陣にも恵まれました。松下由樹さんはじめ、演技の達者な方たちが登場人物に命を吹き込んでくださったのが嬉しかったですし、これから書いていくモチベーションにもなりました。

――演じている俳優さんで特に印象に残っている方はいますか?

大山 「赤い博物館」では寺田聡を演じてくださった山崎裕太さんです。事件の捜査中にミスを犯して花形の捜査一課から閑職の犯罪資料館へ左遷された寺田の屈折を見事に表現してくださっていました。2020年に放送された連続ドラマ「アリバイ崩し承ります」では、ドラマオリジナルのキャラクターを演じてくださった安田顕さんがとにかく上手いなと思いました。情けなくてコミカルで憎めなくて、ちょっと格好よくもあるという。また、名探偵の美谷時乃を演じてくださった浜辺美波さんは、解決場面での膨大な台詞を単調になることなく活き活きと喋る技量に感嘆しました。

煮詰まったとき、どうするか?

――最後に、ご自身が煮詰まってどうしようもなくなったとき、そこからどう抜け出そうとするか、伺わせてください。

大山 私の場合は兼業作家ですので、平日は強制的に働きに出ることになります。勤め先にいるときは基本的に仕事のことで頭がいっぱいになりますので、それが恰好の気分転換になっていると思います。帰りの通勤電車では本を読んだり作品のことを考えたりして、そこから切り替えます。

 煮詰まったら、考えるのをいったんやめて別の行動に移るか、考える場所を変えてみる。これが、煮詰まったときの対処法だと思います。

死の絆 赤い博物館 (文春文庫 お 68-4)

大山 誠一郎

文藝春秋

2025年12月3日 発売

赤い博物館 (文春文庫 お 68-2)

大山 誠一郎

文藝春秋

2018年9月4日 発売

密室蒐集家 (文春文庫 お 68-1)

大山 誠一郎

文藝春秋

2015年11月10日 発売

神様の罠 (文春文庫 つ 18-50)

辻村 深月,乾 くるみ,米澤 穂信,芦沢 央,大山 誠一郎,有栖川 有栖

文藝春秋

2021年6月8日 発売

戸惑いの捜査線 警察小説アンソロジー (文春文庫 こ 32-70)

佐々木 譲,乃南 アサ,松嶋 智左,大山 誠一郎,長岡 弘樹,櫛木 理宇,今野 敏

文藝春秋

2024年6月5日 発売

最初から記事を読む “ミステリ短編の神様”大山誠一郎が「赤い博物館」で仕掛けた驚きのトリックを、あなたは見抜けるか?