『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』

 これも、プロットで魅せる一本だ。

 舞台はスイスの田舎町。主人公のバーバラは天才的な刺繍の腕前を持ちながら、亡き母から継いだ刺繡店は閉店を迎えようとしていた。そんな彼女が麻薬の取引現場に遭遇したところから、物語が動き出す。そこに居合わせたギャングと思しき二人はいずれも倒れており、大金の入ったトランクが道路に転がっている。ここで、どうすべきか――。

 バーバラは3つの選択肢を思いつく。完全犯罪、警察に通報、見送る。本作は、マルチ分岐するストーリー構成になっていて、それぞれの選択肢を採った場合に彼女の辿る運命が一つずつ描かれていく。

ADVERTISEMENT

『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』©Sew Torn,LLC

 驚かされるのは、バーバラの腕前だ。いずれのパートでも彼女は危機的な状況に陥ることになる。その際、仕事道具である針と糸を使って切り抜けようとするのだが、このテクニックが尋常ではない。時にはピタゴラスイッチのような仕掛けを作って証拠隠滅を図ったり、重い人間を運ぼうとしたり。時には吹き矢のように針を飛ばして、遠くの物を引き寄せようとしたり。時には相手のホルスターに収まった拳銃を抜き出して、さらに銃撃までできるよう糸を張り巡らせたり――。その技は「お針子」の域を遥かに超えていて、凄腕のエージェントのよう。道具が針と糸だということを踏まえると、テレビ時代劇「必殺」シリーズの殺し屋たちを彷彿とすらさせる。

 どのエピソードでも彼女の「仕掛け」をスリリングに楽しむことができる。また。彼女に絡んでくる登場人物たちはことごとくクセが強いため、オフビートなコメディとしての面白さもある。

 さらに素晴らしいのがその構成だ。最初の選択肢の際に見えてきた状況が次の選択肢のエピソードの伏線となり、そこで新たに出てきた事実が3つ目の選択肢で重要な効果をもたらす。――といった具合に、実に緻密に組み立てられているのだ。「三匹の子豚」のような説話的な側面もあり、最後のオチに至るまでよく練られている。

『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』

監督:フレディ・マクドナルド/出演:イヴ・コノリー、カルム・ワーシー、ジョン・リンチ、K・カラン、ロン・クック、トーマス・ダグラス、ヴェルナー・ビールマイアー、キャロライン・グッドオール/2024年/アメリカ・スイス/100分/配給:シンカ/© Sew Torn, LLC/12月19日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開