仕事帰りの人々を癒す「夜ドラ」枠

 次に「夜ドラ」という枠組みと本作の相性の良さである。2022年4月から始まった本枠は、22時45分から23時までの15分を1話とし、月曜日から木曜日まで放送しているNHKの連続ドラマだ。『あなたのブツが、ここに』や『作りたい女と食べたい女』、前作『いつか、無重力の宙で』など、多くの静かな傑作を生んできた枠だ。

「今日の夕飯を何にするか」が目下の悩みという「変わらない主人公」ヒロトの、特に大きな起伏のない日常を描いた『ひらやすみ』は瞬く間に、一日の仕事を終えた人々の心の癒しとなった。

 また同時に、不動産会社勤務で仕事中心の日々を送る女性・立花よもぎ(吉岡里帆)や、家具店勤務で子どもが生まれたばかりの野口ヒデキ(吉村界人)を通して、働く人、家庭を持つ人が抱える言葉にできない辛さを詳細に描いたことも、リアルな共感に繋がったのではないだろうか。

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『ひらやすみ』公式Instagramより

「目の前の幸せ」が現代のドラマのキーワード

 同様のことは、2025年4月に放送された桜井ユキ主演の『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)においても言える。「一生つきあわなくてはならない」病気にかかったことで、「薬膳」に目覚める主人公を描いた作品だ。

 時代からとり残されてしまったものを愛する主人公の日常を丁寧に描いた朝ドラ『ばけばけ』(NHK総合)もそうだが、遠い未来ではなく、まずは目の前の幸せ、自分で作れる日々の喜びを追求することの大切さを描いた作品が、今の時代、特に求められているのではないかと感じる。

 本作が描いたのは、手に届く範囲の幸せだ。「自由人」ヒロトに限らず、視聴者の誰もが大きく深呼吸して周りを見渡せば、広がっているかもしれない世界がそこにある。阿佐ヶ谷という街そのものが持っている魅力は、ヒロトが話しかける道端の猫、祭りの光景や、ヒロトが好きな歩道橋から見る景色、彼が走った月夜の路地など、そこにしかないものであると同時に、視聴者が自身にとっての特別な光景を重ねることができる余白がある光景とも言えるだろう。さらには季節を感じること。ヒロトは、突然降ってきた雨に「夏」を感じ、なつみと共に初物の栗やサンマで「秋」を喜ぶ。