同じ夜、漁師のポンタ(小男)は不穏な光景を目撃していた。とある倉庫で幾筋もの光が不規則に揺れていたのである。懐中電灯の光だった。誰もが寝静まっている時間なのに、極めて不自然で奇異なことだった。
漁師の朝は早い。高台にある小屋を出たのは午前四時前だった。
不穏な光にはすぐに気がついた。それだけではない。倉庫の脇を通り過ぎたときには何人かの忙しい足音も聞こえた。懐中電灯を点けた者たちが慌ただしく動き回っていた。
中を覗き見たい欲求はもちろんあった。だが、彼はその場を素通りする。ガリンペイロを辞めて金鉱山専属の漁師となって以来、ポンタは極力、他者との関わりを避けるようになっていた。面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったのだろう。
早歩きで三百メートル先の港に急いだ。その夜は新月で外は真っ暗闇だった。港に着き、舟を出す前にもう一度後ろを振り返ると、未だ幾筋もの光が倉庫の中で上下左右に揺れていた。
その倉庫はプリマヴェーラで二番目に大きな建物だった。高床式で床下は一・五メートル、長さは三十メートル、幅も八メートルある。
ガリンペイロとカスタネイロ
倉庫には住み込みの季節労働者が二十人ほど寝泊まりしていた。奇跡のナッツとして名高いカスターニャ(先住民の間では三粒食べれば森を一日中歩き通すことができると言われている高カロリー、高タンパクの木の実。プランテーションは存在せず、採集人が森を歩き回って実を集める)を採集する男たちで、ブラジルではカスタネイロ(カスターニャを採る人たち)と呼ばれている。
ガリンペイロとカスタネイロ。奇妙な組み合わせである。だが、多くの非合法の金鉱山ではカスターニャの採集も同時に行い、大勢のカスタネイロを雇っている。収穫期はカスタネイロ、それ以外はガリンペイロとなる男も少なくはない。理由は単純だ。金鉱山の違法性を隠蔽するためである。黄金と違ってカスターニャの採集・販売には――そこが特別な自然保護区や先住民保護区でもない限り――国家の許可を必要としない。
カスタネイロがいれば、「ここにいることに違法性はない」と言い張ることができる。自分たちはカスターニャを採っているだけでガリンペイロではない。万が一のとき、そう抗弁するのだ。実際、この金鉱山では、警察が踏み込んで来たときには誰もがこう証言するように指示されていた。
「私はガリンペイロではありません。カスタネイロです。この辺りでガリンペイロなんて見たこともありません。ここにいるのは、みなカスタネイロです」
その倉庫で異変が起きたのは深夜のことだった。突如、暗闇に散弾銃の音が鳴り響いたのだ。次に聞こえてきたのは、どさっという音だった。それも束の間、二発目の銃声が轟いた。罵声や床が軋む音、嗚咽のような音、さらには死を前にした病人がする噎せるような呼吸音も聞こえてきた。
目を覚ました何人かが懐中電灯を点けながら音のした方向に様子を見に行った。
二人の男が倒れていた。
懐中電灯で回りを照らすと、そこにもう一人の男がいた。手には血の滴るナイフを握り、床に臥している二人の男を睥睨している。
何人かが倒れている男を介抱しようとしたが、それが徒労であることは明らかだった。一人はうつ伏せになって倒れ、背中に二カ所、直径十センチほどの鮮血が滲んでいた。仰向けになっていたもう一人は腹から大量の血を流している。辛うじて息はあるようだったが、長くはもちそうになかった。
その場にナイフを持って突っ立っていた男は、あっさりと自分が刺したことを認めた。どのように刺したかも含めて、表情も変えずにこう語った。
「後ろからタックルして男を押し倒した。そのまま背中を刺し、ナイフを引き抜いて、今度は背中から心臓を狙って刺した」。
カスタネイロたちが「二人ともおまえが殺ったんだな」と詰問を続けた。「俺が刺したのは一人だけだ。もう一人は俺ではない」。殺人者と思しき男は表情も変えず、他人事のようにそう言った。詰問した者たちには、彼の冷静で無機質な返答が妙に印象に残った。
