他方、田中は、逮捕50年後になろうとする今、多くの日本国民に愛される存在となっている。自民党を離党して刑事被告人となりながら、8年余にわたり総理の地位を左右できるキングメーカーとして政界に君臨し続け、闇将軍、金権政治家といわれた。ところが、1993年に亡くなると、ときの経過とともに、弱者の気持ちを理解する“庶民の味方”として、戦争を嫌うハト派の側面が強調されるようになってきている。汚い側面は脱色されたようになかば忘れられ、古き良き昭和を代表する政治家として田中のような存在を今の政界に得たい、そんな渇望のような心情が、今の日本で共有されている。

多くの人が陰謀論を信じる理由

 羽田発伊丹行きの日本航空123便の旅客機が1985年8月12日に群馬県山中に墜落した事故も、日米の国境が壁となって、ボーイング社側への調査・捜査を日本側の思い通りに進めることができず、真相の全容解明には至らなかった。公式の調査報告書では、機体後部にある圧力隔壁が「不適切な修理」に起因して破損したことで操縦機能が失われ、事故に至ったとの「推定」が示されている。

 しかし、近年、123便は自衛隊のミサイルで誤射され、墜落現場で自衛隊が火炎放射器を使って証拠を隠滅した、との説が唱えられ、少なくない人々に信じられるようになってきている。

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煙を上げる日航ジャンボ機の墜落現場(群馬・上野村の御巣鷹の尾根) ©時事通信社

 私見では、田中がロ社から数億円を受け取った事実は揺るがないし、123便墜落現場での証拠隠滅などの話は荒唐無稽としか思えない。それでも日米のいびつな関係とSNSの普及が温床となって、多くの人が陰謀論を信じる。50年前に今の状況を想像することは不可能だっただろう。ちなみに、田中はこんな言葉を残している。「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代が日本の中核になったときが怖い」

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 このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2026年の論点100』に掲載されています。

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