著者は『学力喪失』(岩波新書)、『言語の本質』(共著・中公新書)など数々の著作を発表してきた人気の認知科学者。慶應大学SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)では28年間にわたり講義を受け持ち、認知心理学が学生の将来や人生にどのように役立つかを伝えてきた。本書はその最終講義――「AI時代を幸せに生きるには」と題された90分間の語りをベースにまとめられている。
「著者の前著『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』の編集を担当したご縁から、私も最終講義を受けさせてもらいました。著者の熱意とキャッチーなトピックの数々に惹きつけられ、講義終了直後、その場で『ぜひ本にしませんか?』と提案したんです」(担当編集者の宮本沙織さん)
講義は《そもそも私たちは、「客観的」に世界を見ることができるのか?》という問いから始まり、人間の記憶の脆弱さや、人間は基本的に論理的な思考が苦手であり、思考バイアスにとらわれやすいことなどが説明されていく。
一方で、さまざまな限界を持つ人間は独自の思考スタイルを築き、AIにはできない、人間だからこそできる思考があることにも注目する。たとえば『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(講談社文庫)の例を引いた図書館司書の推論もそのひとつ。司書が《村上春樹『とんでもなくクリスタル』はどこですか?》と聞かれたとき、「それは村上龍の『限りなく透明に近いブルー』、もしくは田中康夫の『なんとなく、クリスタル』のことではないか」と推論できるのは人間ならではだという。
ところで本書は、新書としては異例の章立てのない構成になっている。
「読者には講義のライブ感を味わってもらいたく、あえて章を立てず、講義の流れをそのまま生かしました。
さらに巻末には、著者が依頼し実現した慶應大学SFCでの、尾身茂先生の特別講義の一部を収録。そのなかで著者がとくに共感したという《得手に帆を揚げろ》ということばを取り上げ、自身の《得手に帆を揚げる生き方》を振り返っています。本書は認知心理学の入門書であると同時に、著者から若者へのエールでもある。愛情深く、人間の可能性を強く信じている著者の姿勢も感じてもらえるはずです」(宮本さん)

