日本語と英語では「世界の見方」が異なっている。完全な翻訳は原理的に不可能である――。

 AIで翻訳も通訳もできるこの時代に、わざわざ英語を勉強する必要はあるのか。言語学者・町田章さんの『AI時代になぜ英語を学ぶのか』(文春新書)は、その疑問に認知言語学で答えている。本文より一部抜粋のうえ、言語によって異なる「思考法の違い」を明らかにする。

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pork= pig meatか?

 このような考察を重ねていく中で、認知言語学は、表現形式(表現の仕方、言葉)が異なれば意味が異なるという認識に至りました。そこで、ここからは、同じ状況を表す表現形式の違いを見ることによって、話し手がどのようにその状況を捉えているかがわかるという前提で話を進めることにします。

(19)を見てください。通常、英語では豚肉のことはpig meatではなくporkと言いますので、(19a)は自然な英語で(19b)は不自然な英語であると言われています。しかしながら、論理的に考えた場合、pork=pig meatであるならば、(19b)のように言ってもよいはずです。実際、(19b)は誤りというわけではありません。通常あり得ない状況を表しているだけなのです。

(19)
 (a) I ate some pork last night.
 (b) I ate some pig meat last night.

(19b)が表しているのは、通常のスーパーマーケットなどで売られている食用の豚肉を使った肉料理ではなく、野生の豚を捕獲して、その肉をおそらく生のまま食べたという状況です。ですから、ジャングルなどでサバイバル生活をしている場合などはむしろ(19b)のほうが自然ということになります。

 重要なのは、どんな些細な違いであっても、表現形式が異なれば意味が異なるということです。ということは、同じ状況を表している二つの表現を比較することにより、話し手がその状況を捉えているかがわかるということになります。

 もう一つ例を挙げてみましょう。何か文字を書く際に用いる筆記用具は英語ではinを使ってもwithを使ってもよいとされています。したがって、「ここにペンでサインをしてください」という言い方は(20)のように二通りあります。

(20)
 (a) Please sign here in pen.
 (b) Please sign here with a pen.

 しかしながら、この場合も表現形式が異なる以上意味も異なっていることになります。実際、inを用いた(20a)は筆記材料の範囲を表しているのに対し、withを用いた(20b)は筆記のための道具を表しています。通常、契約書のサインなどでペンを指定するのは、消えないための筆記材料を指定するためですから、そのような意図で述べる場合は、inを用いた(20a)のほうが自然な言い方となります。

 ちなみに、inが範囲を表し、withが道具を表しているということは、直後のpenを可算名詞として扱っているか不可算名詞として扱っているかでもわかります。中学校ではpenは可算名詞だと習ったと思いますが、捉え方に応じてどちらにもなるのです。道具としてのペンは明らかに形がはっきりしていますのでここでは冠詞を伴った可算名詞ですが、範囲としてのペンは形をイメージできませんので無冠詞の不可算名詞になっています。

 ですから、記念館などで夏目漱石が使ったペンを展示する場合は、(21a)のようにwithを使うことになります。(21b)のようにin this penは使えません。

(21)
 (a) Soseki wrote the novel with this pen.
 (b)*Soseki wrote the novel in this pen〈注1〉.

 そして、同じ状況が異なった表現形式で表されるとき、そこには同じ状況に対する異なった捉え方が反映されているという考え方が正しいとすると、次のことが言えそうです。

 同じ状況を表す異なった言語の表現形式を比較することを通して、両言語話者の持つものの見方や世界の捉え方の違いを理解することができる。

 要するに、例えば、日本語と英語のような異なった言語間に見られる世界の捉え方の違いを知りたいのであれば、表現形式を比較してみればよいということです。言語表現の比較を通して思考法の違いを知るのです。