捉え方の言語間の違い
それでは、異なった言語間でいかに捉え方が異なるのかを示す具体的な例を見てみましょう。(22)を見てください。これは、入ることが許された者のみが入れる場所に掲げられる標識の文言です。
(22)
(a) 関係者以外立ち入り禁止
(b) Staff Only
(22)の表現はともに同じ状況を表していますが、その状況に対する捉え方が日本語と英語では異なっています。日本語では、関係者ではない者は入ってはいけないと言い、英語では、関係者だけが入っていいと表現しているのです。
もちろん、同じ状況を表しているからという理由で、両者が同じ意味を表しているとは言えないことは明らかです。そして、両者を比較することによって、同じ状況がいかに異なった観点から捉えられているかがわかるわけです。
(22)のような日英語の違いは、認知心理学でいうところの図と地の反転現象が関わっていると考えられます。図(figure)とは、心理学の用語で、注意が向けられた部分のことであり、地(ground)とは図の背景となる部分のことです。通常、図は形を持ったものとして認識され、背景となる地の形は認識されません。そして、この図と地が注意の向け方によっては逆転することがあり、これを図と地の反転と呼びます。
この図と地の反転現象を端的に示す例としてルビンの盃と呼ばれる図と地の反転図形が有名です。図10では、白い部分に注目すると二つの向き合った顔が図として認識されますが、その場合は、黒い部分は形を持たない背景(地)として認識されます。逆に、黒い部分に注目すると一つの黒い盃が図として認識されますが、今度は、先ほどの白い部分が形を持たない背景(地)として認識されます。要するに、たとえ同じ図柄であったとしても、どこに注目するかによって見えるもの(認識)が異なるということです。
(22)が示しているのは、これと全く同じ現象です。関係者だけが入ってよいという認識と関係者以外は入ってはいけないという認識は、同じ状況に対する捉え方の違いに過ぎないのです。つまり、同じ状況に接したときに、日本語話者と英語話者では注目している部分が異なっているということになります。
同様のことが(23)にも言えます。日本語では仕事のない日に注目して「週休二日制」と表現していますが、英語では仕事のある日に注目しているため、「過労五日制」と表現しています。図と地の反転の説明に従えば、日本語では、休日を図として認識し、週に二日休んでよい制度という捉え方をしていますが、英語では、就労日を図として認識し、週に五日間働く制度という捉え方をしています。このように何を図とし何を地とするのかが言語間で異なる場合があるということです。
(23)
(a) 週休二日制
(b) five-day workweek system
