史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。たった7日間しかなかった昭和64年(1989年)1月に被害者のX子さんは命を落とした。

 事件から15年後、「報道ステーション」ディレクターだった山﨑裕侍氏(現・北海道放送報道部デスク)は加害少年Bの母親に匿名取材を行った。その内容から、事件後のBと母親の複雑な心境が浮かび上がる。

事件を報じる週刊誌の記事 著者撮影

「一見すると自己憐びんの感情を持ったように見えるが...」

 Bは犯罪心理学者の福島章氏による詳細な心理鑑定を受けている。鑑定では被害者に暴行していたのは誰かという問いに「A先輩がやっていた」と述べながらも、自身も「その時の気持ちでやった」と認めている。被害者の死を知ったときの心境については「まず始めに考えたのは自分のこと。『やっちゃった』という気持ち」と語っており、福島氏はこれを「一見すると殺人者となったことに自己憐びんの感情を持ったようにも聞こえるが、他面では『否定的自己像』を明確に確立して安心した気分も窺える」と指摘している。

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 母親は息子の暴力性について「犬を飼っています。犬は一生懸命にかわいがります。だけど、私が入っていくと、ぱっと離すんです」と明かし、「たぶん、そんなに、自分を見せたくないんじゃないですか? かわいがっている自分の優しさを見せたくない」と分析している。

北海道放送(HBC)報道部デスクを務める山﨑裕侍氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って

 Bは1990年の東京地裁一審判決で懲役5年以上10年以下の不定期刑を言い渡された。控訴審でも同じ判決が支持され、情状酌量の理由として「本件を深く反省し、原判決後も、弁護人の熱心な指導を受けて、勉学、読書、写経などを続け、いっそう内省を深め、成長の跡が相当に窺える」点が挙げられた。

 Bは3つの刑務所で8年間を過ごし、1999年8月に28歳で出所した。服役中に簿記2級など複数の資格を取得し、出所後すぐにコンピューター関連の会社に就職。月収30万円のスタートから、転職して40万円を稼ぐまでになった。しかし驚くべきことに、Bは休日に自分の事件を題材にした本やビデオを見ていたという。「暇に飽かして自分の事件の本を読んだりしてましたから。ビデオも観ていますね。『内容は違うよ』とひとこと言っていましたけど」と母親は振り返る。

 被害者への償いについて母親は「気持ちとしては、いつも引きずって歩いています」と述べるにとどまり、具体的な行動については「(遺棄現場の)若洲に何回か行っている」程度の認識しか示さなかった。

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