「あれから2年半、今もまだ、暗いトンネルの中にいるような感じです。それだけ薬物は恐ろしいもので、やめてからの方が壮絶なんだ、ということを今更ながら実感しています・・・・・・僕がいま戦っているのは、薬物依存症とその治療にともなう、うつ病です」
使用している向精神薬の影響なのか、どこか視点の定まらない様子で、ゆっくりと言葉を探すように心境を明かしたのは、元・プロ野球選手の清原和博氏(50)だ。
2016年2月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、5月に懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決。この2年半は極力メディアへの出演を控えてきたが、第100回記念大会となる夏の甲子園開催中のいま『文藝春秋』9月号に、逮捕されてから今日に至るまでの日々を告白した「手記」を寄せた。
手記には、薬物依存症とうつ病に苦しむ現状に加え、先が見えずに何度も「自殺」を考えたことなど、衝撃的な事実が明かされている。
さらに清原氏は「今、薬物の誘惑に負けそうになった時には、逮捕されて留置場に入れられた時のことを、今までで一番辛かったあの時のことを思い出すようにしているんです」と語る。自分が「清原和博」として生まれてきたことすら後悔した留置場での日々。「あれを思えば、次(覚醒剤を)やったら、もう終わりだなという気持ち」になるのだという。
先の見えない日々が続く中で、今年5月には“33年ぶりの再会”があった。85年夏の甲子園決勝、PL学園対宇部商戦で、劇的な連続ホームランを放った時に使っていた金属バットが清原氏のもとへ帰ってきたのだ。もともとは甲子園歴史館に展示されていたものだが、覚せい剤事件の後に撤去。その後、紆余曲折を経て本人の手に戻ってきた。
「バットが戻ってきた日、いろんな記憶がよみがえりました。こんな重いバットをあんなに軽々と振り回していたのかと、高校時代の自分に驚きました。僕は今、筋肉が落ちてしまっていて力がないので、余計にそう感じたんだと思います」
そして清原氏はバットが戻ってきたその日からある目標を立て、現在はそこへ向かってある努力を続けているという。
清原氏の人生において、甲子園は特別大きな存在だ。この夏の大会に託す「夢」と、薬物との闘いの日々。清原氏はそのすべてを「文藝春秋」9月号で明かした。