近代のはじめにそれを論じた哲学者F・ベーコンから『ガリヴァー旅行記』の風刺作家J・スウィフト、現代では世界的に話題を呼ぶ尾田栄一郎の未完の長編コミック『ワンピース』が重要な題材だ。

 なお『聖書』の引用は新共同訳と英語の欽定訳を参照、ベーコン『ニュー・アトランティス』は岩波文庫(川西進訳)、『ガリヴァー旅行記』は同文庫(平井正穂訳)を用いたが、一部は改変した。(訳・解説 会田弘継)〉

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F・ベーコンが描いた反キリストのユートピア

 近世イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、病気や自然災害をはじめ偶発的なものを根絶しようと夢見た。神をも廃することさえ夢見た。ベーコンの遺作となったユートピア中編小説『ニュー・アトランティス』(1627年)の隠れたテーマは神を廃する夢であり、近代への道程を描く予言の書として、あるいは悪魔の書として読むこともできる。同書が幕開けとなって始まった、隠れた文学論争はジョナサン・スウィフトを経て現代のコミック作家アラン・ムーア〔『ウォッチメン』の作者〕や尾田栄一郎〔『ワンピース』の作者〕らが継承していくことになる。4世紀の時空を超えて、これらの作家たちは問いかけ続けた。科学は反キリストを呼び起こすのか、それとも抑え込むのか。

「知は力なり」のフランシス・ベーコン

 表向きには、ベーコンは近代科学をキリスト教とまったく両立し得るものとして提示してみせた。『ノヴム・オルガヌム(新機関)』で彼は「自然がその秘密を明かすのは、実験という拷問の下でのみだ」と記したが、これは「地の上を這う生き物をすべて(人間が)支配せよ」(創世記1:28)という神の教えを、やや暴力的に表現したものだ。ベーコンは広い知識と能弁をもって聖書を引用しているので、今日ではその信仰を疑う者はまずいない。彼は経験的実験と帰納的推論によって自然の秘密を解き明かす計画を示した。それは神の啓示とつながっており、私たちの苦境を救う「新たな慈悲」になると説いた。

 キリスト教以前の古代人にとって、進歩は帝国の興亡に左右された。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスがアテネの名政治家ペリクレスの演説を捏造したとしても許すことができたのは、ペロポネソス戦争の教訓は時代を超越した永遠の真理だったからだ。トゥキディデスを信奉する歴史家は、20世紀初頭のヴィルヘルム帝政ドイツとイギリス、あるいは現代中国とアメリカを、古代の台頭するアテネと覇権国スパルタに例えるかもしれない。ただキリスト教徒なら、預言者ダニエルこそ最初の真の歴史家だとみなすはずだ。ダニエルは一度かぎりで起きた世界史的出来事を語った。歴史をバビロン、ペルシャなど四つの王国が順に登場するものとして描き、ローマ帝国が歴史の終わりになると考えたのだ。ただダニエル史観で歴史を見ようとしても、アテネもスパルタも核兵器を保有していなかったことを考えれば、この両者の古代の抗争を2025年の国際紛争に重ね合わせることには無理がある。ダニエルこそが最初の歴史家だとすると、新約聖書の神は最初の進歩史観の信奉者になるのだろうか。新約聖書がその新しさによって旧約聖書に取って代わり、神の啓示がまだ完結していないならば、キリスト教徒ならば「知識が増し」(ダニエル12:4)、発展が続く可能性を当然受け入れるべきであろう。その発展が、ベーコン的な科学という俗なる領域において起きることであろうと。