まず、この映画を引き受けた理由は、監督がとても誠意を持って、わざわざ二度も台北の自宅まで訪ねてきてくれたことに尽きる。彼がツャイ・ミンリャン監督の大ファンだということも後押しになった。前作の白黒の短編映画を観せてもらったが、あまりにも変わった映画で、逆に「これはやらなきゃいけない」と思わされた。

©NIKO NIKO FILM/MOOLIN FILMS/CINEMA INUTILE/CINERIC CREATIVE/FOURIER FILMS

 その後、準備に1年ほどかかり、ようやく撮影に入ろうとした時、ちょうどコロナ禍となった。台湾から日本へ行けば隔離、日本から台湾へ戻る時も隔離が必要で、時間がかかった。その間に撮影が何度も延期になった。さらに四季を撮る必要があったため、日本には合計二度行くことになった。

「牛は突然怒り出し、僕を振り落とした」

 物語は、禅の絵「十牛図」を元にして、大昔に山火事の後、山を下りてきた原住民の男が、一頭の黒い牛と出会う話だ。僕と共演する女優が牛だと聞かされた時、面白いと思ったが、牛と共演するのには想像以上の苦労があった。

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 クランクインの2週間前から、毎日ずっと牛と一緒に過ごし、感情を通わせる時間を作った。牛の性格や習慣を知る必要があったからだ。朝起きてまず小屋から彼女を外に連れ出し、散歩をする。体を洗い、餌をやり、小屋の糞を掃除する。そのあと、牛を使った耕作の方法を学び、牛にまたがって歩く練習もした。耕作は本当に大変で、この経験以降、農民への尊敬がさらに深まった。

 牛は決して扱いやすい動物ではない。凶暴になることもあり、怖いと思った。ある撮影では突然怒り出して、僕を背中から振り落とした。牧場の急な斜面に転んだ瞬間、なぜ彼女をそんなに怒らせたのか全く理解できなかった。二度目の撮影に行った時、彼女は特に機嫌が悪く、その理由は妊娠していたからだと後で知った。

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 それに、とにかく走るのが速い。一般的な「のろのろ歩く牛」というイメージとはほど遠い。時速が最低でも60キロ以上あるんじゃないかと思う。脚本には「牛を追って捕まえる」という場面があったが、僕がどれだけ頑張っても、いくら走っても彼女を捕まえられなかった。

 耕作のシーンも体力的に極限だった。田んぼの泥に足を取られ、ほとんど動けない状態で牛を誘導する。信じられないほどの力が必要だ。しかも、このシーンではスタッフが作った「人工の大雨」の中で演技をしなければならなかった。泥の中に置いてあった鋤を誤って蹴ってしまい、血が出るほど怪我をしたが、そのまま長回しのショットを続け、監督の「カット」の声がかかるまで耐えた。映画の中ではアップの表情があったが、半分演技、半分は本当にしんどかった。