小説と人生がシンクロしてても大丈夫
金原 自分の私生活だったり、人生をどこまで反映させるかっていうのはもちろん作品によって違うんですけど、キャラとか細かいエピソードは実際にあった人やものをいくつか混ぜたり、設定を変えて使うことが多いですね。
千早 だとしたらけっこうハードですよね。
金原 日常的にやっているのでもうあんまりハードでもないんですけどね(笑)。『YABUNONAKA』で言ったら、女子大生と付き合っていた文芸誌の元編集長のエピソードは実際人伝に聞いたことがあったりとか、自分自身も離婚しようと弁護士や慰謝料、財産分与などについて調べていた時は、友梨奈という離婚したくてしょうがない登場人物のディテールに使いました。
千早 私も、珍しく『マリエ』には、自分の体験がけっこう入っているんです。ただ、離婚の原因や相手に関する部分についてはかなり変えています。
金原 作家によって、自分の人生をどこまで小説にシンクロさせていくかって全然違いますよね。私はけっこうシンクロしてても平気なほうなんですけど、千早さんは普段は小説にあまり自分を出さないんですね。
千早 エンタメ小説だからというのもあるのかもしれない。小説を書くときにまず主人公の年収、好きなブランド、体形、そういうものから決めていくから、そこに書かれている人物は私ではないんですよね。まりえにしてみても、私とはまず職種が違うし、身長も食の趣味も肝臓の強さも違う。なので、登場人物の感覚や言動に私が混じってくるとものすごく違和感があるんです。
金原 へえー、書き方が全然違う。私の場合、書き始めた瞬間には登場人物の名前も決めてなくて、名前を出さなきゃいけないシーンになって「どうしよう」って考えるんです(笑)。で、「そろそろ年齢も出さなきゃいけない」となってから年齢も考え、また少し進むと「あ、職業どうしよう」みたいな。
千早 えぇー。本当に全然違いますね。純文学の作家さんはそういう書き方をされる印象はありますけど。
金原 「え、食べ物は何が好きなの?」みたいな感じで、居酒屋のシーンを書きながらその人物と仲良くなっていく感覚ですね。
千早 私は理詰めで作っちゃうので、そういう書き方は憧れでもあるんです。でも、『YABUNONAKA』はかなり構造的な小説でしたよね。事前に設定を決めないといけなかったのでは。
金原 出版業界の話にしようという方向性は決めていました。過去の性加害を告発される元編集長と、女性作家、男性編集者、女性作家の彼氏、と五人前後の視点人物にしようかなと思っていたんですけど、書いていくうちに、若い人たちの目線も入れたくなって、登場人物を増やしていったんですよね。

