最愛の妹を差し出すなど、ありえない――。そう思いながらも、姉はレイプ犯の夫に逆らえなかった。

3人の少女を殺害したポール・ベルナルド ©getty

 支配と恐怖のなかで下した「最悪の選択」が、やがて3人もの少女の命を奪う凄惨な事件へと発展していく。

薬を盛られた妹に起きた異変

 カーラにとって、タミーは幼いころから可愛がっている大切な妹だった。そんな彼女をポールに抱かせるなどありえないと思いながらも、当時のカーラは完全に夫に依存し、言わば奴隷と主人のような関係に陥っていた。ポールに捨てられたくないという思いから、カーラは戸惑いながらも踏み越えてはいけない一線を越える覚悟を固める。

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 1990年12月24日、15歳のタミーがクリスマスパーティーを楽しみにしていた日、カーラはタミーの飲み物に薬物を混入する。せめて眠っている間にポールに抱かれてほしいと、事前にバイト先の動物病院から鎮静剤と麻酔薬を調達したのはカーラの発案だった。しかし、行為の最中に突然タミーが覚醒し、嘔吐し始める。結局、タミーは嘔吐物を喉に詰まらせた窒息死と断定され、この時点では犯罪の発覚を免れた。

 この後、ポールとカーラのカップルは犯行をエスカレートさせていく。1991年6月には15歳の少女を薬で眠らせてレイプし、同月には14歳のレスリー・マハフィーを拉致して24時間にわたり凌辱した後に絞殺。1992年4月には15歳のクリステン・フレンチを13日間にわたり拷問した挙句、殺害するという凶悪犯罪を重ねた。

3人を殺した夫婦はその後…

 この恐ろしい「殺人カップル」の崩壊は、1993年1月、カーラがポールからの激しい暴行に耐えかね実家に逃げ帰ったことから始まる。彼女の証言により、ポールは第一級殺人など複数の容疑で起訴され、1995年に終身刑の判決を受けた。一方、カーラは検察との司法取引に応じて懲役12年の刑となり、2005年7月に釈放された。

 現在、カーラは名前を変え、一時は結婚して子どもも持ったが、2020年の情報によると単身で生活しているという。ポールは2025年9月現在も刑務所に収監されたままである。支配と恐怖が生み出した歪んだ関係が、三つの若い命を奪った悲劇の顛末である。

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