現代において、定年後に一切働かず「悠々自適な老後」を送る人は少数派だろう。こうしたなか著者が焦点を当てるのは、経済的な切迫から働かざるを得ないシニアの現実である。
そこには、個人の努力だけでは抗えない人生の不条理が影を落としている。障害を持つ子を養い続ける親、息子がひきこもりとなり老後の蓄えを取り崩さざるを得ない世帯、あるいは長年の国民年金の未納により無年金、あるいは微々たる年金しか受給できない人々。社会が想定する標準的な人生からこぼれ落ちた人々の実態が描かれている。
経済的窮乏の要因を外部環境の不備のみに転嫁せず、刹那的な享楽や放漫な支出など非合理的な選択の結果として描く筆致にも、著者の事実に対する真摯な姿勢がうかがえる。パチンコや麻雀、あるいは夜の店での散財によって資産を失ったケースや、1000万円もの退職金を自覚のないまま数年で使い切ってしまった人々。本書ではこうした側面を忌憚なく盛り込むことで、一個人の人生の生々しい実態を浮き彫りにする。
本書の凄みは、著者の徹底した現場主義にある。著者はジャーナリストとして活動するかたわら、非正規雇用の現場を渡り歩いてきた経験を持つ。さらに本書の執筆にあたっては、自ら病院の清掃業務に応募して実際に就労するなど、当事者としての経験が深みのあるルポルタージュにつながっている。
事例を積み上げるルポルタージュという手法は、個別の事象を過度に一般化してしまうこともあることから、社会的にはややもすると警戒すべき手法ともなりうる。この点、著者の基本姿勢は「多くの論を挟まなくても、人生の物語はそれだけで、何かを訴える力がある」という点に集約されている。本書の事例から何か社会的な課題をあぶりだすというよりも、本書はあくまで一人ひとりが歩んできた軌跡をありのままの物語として語り直すことに徹しているといえるだろう。
読者の胸をざわつかせるのは、就職氷河期世代の将来に関する考察だろう。著者は、生成AIの台頭や外国人労働者との競争激化により、「現在のシニアよりさらに厳しいシニア時代が待ち受けているかもしれない」と予測する。実際に、こうした問題は政策現場でも意識されている課題と考えられる。
しかし、今後の展望については議論が分かれるかもしれない。就職氷河期世代の困窮を心配する声もある一方で、厚生年金の適用拡大や労働参加率の上昇などから必ずしも低年金者が増えるわけではないという主張や、人口減少に伴う人手不足がシニアの労働価値を高めるという見方もあるからだ。本書はこうした将来の課題を考える入口としても重要な本といえるだろう。
わかつきれいこ/1975年生まれ。ジャーナリスト。ウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。著書に『副業おじさん』。
さかもとたかし/1985年生まれ。アナリスト。専門はマクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。著書に『ほんとうの定年後』など。
