では、このヒストトリプシーはどうだろう。非熱的に破砕され、「ドロドロ」に液状化したがんの断片や内部のタンパク、遺伝子は周囲の肝臓から吸収され、リンパ液や血液の中を循環、最終的に抗腫瘍免疫を活性化する効果が想定されるのだ。まだ検証は不十分だが、臨床の現場では、いくつかある肝転移のうちひとつをヒストトリプシーで治療すると、残った腫瘍の増大が抑制される「アブスコパル効果のような現象」が観察されているらしい。

 肝がんへのヒストトリプシーを突破口に、今後は体壁を透過して標的を機械的に破砕する「無侵襲手術」の応用範囲が広がり、ひとつの治療カテゴリーに成長するだろう。

肝転移のピンチをチャンスに換える

 僕がこの新たな武器で実現したいのは、「ピンチをチャンスに換える」がん治療だ。がんがリンパ節や肝臓に転移した状態は、患者にとっては生命の大ピンチ。一方、ヒストトリプシー視点で考えると、これらの場所は超音波のターゲットとして狙いやすい。つまり、無侵襲手術のチャンスだ! 転移のうちいくつかを、体外から破砕する。体が本来持っている、がんに対する免疫が活性化する。従来の抗がん剤や、免疫チェックポイント阻害薬も力を増すだろう。

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「こんな機械が普及したら、外科医がいらなくなるけど、あなたはそれで良いの?」と優しく心配してくれる読者がいるかもしれない。ありがとう! でも僕は、ヒストトリプシーは一部の手術を置き換える一方で、外科治療の可能性を拡げることにもつながると予想している。

 まず、現時点では、一度に治療できる大きさは3センチメートル程度までであり、場所の制約もある(超音波で上手く見えないところは治療できない)。幸か不幸か、まだ手術の出番がある。さらに、複数の肝腫瘍があり、「ここさえ消えてくれれば、あとは十分な肝臓を残して切除できるのに」という場合、一部の病変をヒストトリプシー、その後で残りを手術で一網打尽、という治療戦略も成り立つだろう。ヒストトリプシーの後で出血や感染をした場合、外科医ならそこを切除してリカバリーショットを打つこともできる。

 安心してください、僕たち外科医は「まだ」失職しません! そしてもし将来、人類がメスも薬も使わずにがんを治せるようになるなら、それが究極のゴールではないだろうか。

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