クマ被害が「災害級」と言われ、浮き彫りになったのは行政の対応力不足だ。出没したクマの性別も年齢も記録されず、対策は場当たり的。東京農工大学の小池伸介教授は「専門知識を持った職員がほとんどいない」と指摘する。
根本的な解決には、専門職員の配置、ゾーニング対策、そして5~10年単位の長期的視点が必要だという。行政に何が欠けているのか、そして何をすべきなのか。(全2回の2回目/はじめから読む)
(初出:「文藝春秋PLUS」2025年12月14日配信)
出てきた目の前のクマをただ駆除するだけ
多くの都道府県では、駆除されたクマの基本情報すら集約されていない。東京農工大学の小池伸介教授は驚くべき実態を明かす。
「2年前、8000頭のクマが駆除されましたが、それがオスなのかメスなのか、何歳のクマなのかという情報すらないのです」
一部の県では駆除個体を回収し、性別・年齢・遺伝情報を蓄積することで、「どんぐりの不作時には高齢メスが多く出没する」といった傾向を検証できている。しかし多くの地域では「出てきた目の前のクマをただ駆除するだけ」で、科学的な管理に結びついていない。
「専門知識を持った職員が6%もいない」
なぜこうした事態が放置されてきたのか。小池教授は「行政の中に専門的な知識を持った職員がほとんどいない」ことを最大の要因に挙げる。
「都道府県レベルで鳥獣管理を担当する職員のうち、大学時代に野生動物を勉強した経験がある人は6%もいません。多くは総合職や林業職で採用され、一定期間だけ担当して異動していく。市町村では、野生動物担当が農業も林業も観光も兼務している状況です」
専門知識がないため、どんな情報を蓄積すべきかも分からず、システムとして整備されない。現場で問題が起きても、市町村職員は県に問い合わせ、県の職員も答えられず、後手に回る——こうした構造的な問題が、迅速な対策を妨げている。
クマと人は同じ空間、同じ時間帯に共存できない
政府は「クマ被害対策パッケージ」を発表し、緊急・短期・中期の3段階で対策を示した。小池教授が最も重視するのは「中期的な取り組み」としての「棲み分けの再構築」だ。
「クマと人は同じ空間、同じ時間帯に共存できません。40年前のように、物理的な距離を取り戻す必要があります」
具体的には、集落周辺の森林を刈り払って「緩衝帯」を整備し、クマが出てこない環境を作る。環境省の支援を受けたモデル事業では、刈り払いの幅や頻度に関する成功例・失敗例が蓄積されつつある。
ただし小池教授は「絵に描いた餅」にならないよう警告する。「半年頑張ったからといって分布を変えることはできません。5~10年の視点で、手間をかけ、お金をかけ、時間をかける覚悟が必要です」
