破格のノンフィクションである。この未知の生命力あふれるドキュメンタリーに、新しい呼称をつけたくなるほどに。
写真家の著者は、中東に通ううち、シリアの砂漠の民ベドウィンの末裔一族と懇意になり、末息子と結婚する。その数年前からシリアは、民主化を求める者たちを独裁のアサド政権が徹底弾圧し、イスラム国の攻撃も加わって内戦状態に陥り、著者の夫一族も散り散りに逃げて難民となる。
著者夫婦は日本に暮らしつつ、著者は幼い子どもを連れて現地に赴き、取材を重ねる。その過程は、写真家として記録する立場と、難民化する家族の一人として関わる立場とが、分かちがたく混ざっていくことだった。
最初の1章と2章は、夫の一族の話。民主化デモに参加した夫の兄が政権の秘密警察に捕らえられ、消息不明となる。著者夫婦は自分たちの子に兄の名サーメルをもらい、「沙」という漢字を当てる。本書で盛んに登場する砂漠が「沙漠」と表記されるのは、この本がサーメルへの思いから始まった証だと私は読んだ。
その思いの深さは、シリアの家族観、特にベドウィンの家族観と関わる。何よりも家族の信頼と調和を重視する世界観では、家族を失った痛みを大切にし皆で共有する。それは例えば、日本近代の独善的な家族主義とは似て非なるものだ。
端的にその家族観が表れるのが6章「第二夫人騒動」。著者が決死の覚悟で単身シリアに入国し、秘密警察に監視されながらも取材し、無事にトルコへ出国したとたん、夫から、第二夫人を持つつもりだと告げられる。戒律の中で生きざるをえないシリアの女性と異なり、自分の意志に従って生きる著者は、夫婦は終わるかもしれないと覚悟した。だが一族会議が開かれると、親きょうだいはいっせいに、一族にとっておまえの勝手な決断は間違っていると夫のほうを指弾した。
著者の価値観も生き方も、フェミニズムそのものだ。しかし著者は、自分の意思ははっきり表す一方で、他の人たちの生き方や考え方を否定したり断罪したりはしない。そのあり方が、ベドウィンが大家族を維持していくためのあり方と、深く通じあう。本書のタイトルの含意だと思う。
それはアサド政権の突然の崩壊後、自由になったシリアで、共生できる社会をどう築いていくかの礎ともなりうる。アサド政権に協力的な態度で保身した親戚と、著者の夫が折りあいをつける場面は、日本社会でも分断を広げないための心得として役に立つだろう。
アサド体制崩壊後、兄サーメルは政治犯の刑務所にいたことが明らかになる。生き延びた人による、拷問の日々の証言は、息継ぎをしないと読めない。
著者のダイナミックでパワフルな生きざまは、その力強く切れのある文章も相まって、誰もが魅了されること間違いなし。自分に効く本としてもお勧めする。
こまつゆか/1982年、秋田県生まれ。ドキュメンタリー写真家。2006年、世界第2位の高峰K2に日本人女性として初めて登頂し、植村直己冒険賞を受賞。12年からシリア内戦・難民を取材。25年、本作で開高健ノンフィクション賞受賞。
ほしのともゆき/1965年、アメリカ・ロサンゼルス生まれ。2015年『夜は終わらない』で読売文学賞、18年『焔』で谷崎潤一郎賞受賞。
