シリコンバレー最強投資家、ピーター・ティールの終末論は、聖書やAI、核兵器だけでなく、日本の漫画『ワンピース』にまで及ぶ。彼が否定するのは、理性による管理社会と暴力による破滅。そのどちらでもない「第三の道」がとるべき道だと言う。
ベーコン、スウィフト、『ウォッチメン』を経由し、ティールが最終的に希望を見出したのは、世界政府と対峙する少年ルフィだった。なぜ彼は人類の活路を『ワンピース』に託したのか。現実政治の只中へと踏み込んでいくその思想を読み解く。
※本連載は『終末とイノベーション』として書籍化される予定です
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『ガリヴァー旅行記』も『ウォッチメン』もなぜ「反キリスト」的なのか?
具体的な作品解釈に入ろう。最初の作品『ニュー・アトランティス』は近代科学的世界観の礎を築いた17世紀の哲学者、ベーコンによって書かれたが、この著作は、ティールによれば「反キリスト」的である。この作品で理想郷とされる架空の国ベンサレムは、科学技術による完全な管理社会であり、ベンサレムの統治者ジョアビンをティールはこの作品内の「反キリスト」とみなす。神学者だったベーコンだが、ティールは「隠れ無神論者」ではないかと訝しんでいる。
このベーコンの欺瞞を、アイルランド国教会の司祭だったスウィフトは見抜き、「ベーコン流の反キリスト崇拝」、つまり無神論に基づく「科学技術による管理社会」への信頼を英国から追い払おうとしていたとティールは見ている。例えばガリヴァーの第三の航海に登場する空に浮かぶ島ラピュータでは、科学は人々の幸福に寄与しない「科学のための科学」になり、地上の専制国家バルニバービでも科学は人々を救わず、キリスト教徒たちは迫害されている。
第四の航海に登場する、科学が存在しない国フウイヌムは、ティールの解釈では、無神論の哲学が支配している古代世界である。この全体主義国家は馬の姿をしたフウイヌム人によって支配され、元人間(キリスト教徒の欧州人たち)は家畜(「ヤフー」)に堕し、絶滅の危機に瀕している。ティールによれば『ガリヴァー旅行記』が提示したのは、無神論によって生まれた二つの社会モデル、①科学技術による管理社会と②暴力的な全体主義国家だ。第三の道を示せなかったスフィフトはニヒリズムと紙一重だと評される。
現実の歴史においては、19世紀には、ワクチン、電話、自動車といった技術革新がベーコン的な「安全で平和な」技術管理社会をもたらすかに見えた。しかし、20世紀になると、スウィフトが予言したような無神論の全体主義国家、ソ連が生まれる。加えてダイナマイトや核の発明などにより、人類は全滅の危機に瀕することになったとティールは論じる。全滅の危機を回避するため、第一次世界大戦後には「ワン・ワールド構想」、第二次世界大戦後は国連という形で、ティールの考えでは「反キリスト」的な「管理」を、改めて人類は求めるようになった。
1980年代の冷戦下に、世界の「管理者」としてのスーパーヒーローを主題にしたムーアの『ウオッチメン』は、核の脅威に晒される危機的な状況で「管理」はどうあるべきかを問うている。この作品中の「反キリスト」、エイドリアン・ヴェイトは、米ソの核戦争を回避するために、「人類共通の敵」として偽のエイリアンの攻撃を偽装し、人類の一部を殺害することで平和をもたらす。_
核爆弾以降の世界ではベーコン的な科学技術によって「平和と安全」をもたらすことは不可能であるから、ヴェイト=「反キリスト」は恐怖によって人々を支配するのだとティールは言う。スーパーヒーローの一人、善悪の存在を信じるロールシャッハは、この作戦を悪とみなし、「たとえハルマゲドンになろうとこの真実を公表するべきだ」と主張するが、無残に殺されてしまう。ティールは、本作に「ベーコンの科学擁護的反キリスト観を後期近代向けに更新した」功績を認めつつも、キリストを受け入れず「反キリスト」に対しては曖昧な態度を取るムーアの態度に少々批判的だ。
人類の活路を示すのは『ワンピース』のルフィ?
ティールにとって望ましい第三の道は、「神を求める知」と科学技術の発展が共存する、信仰と科学が矛盾しない状態である。この第三の道を示す作品として、意外なことにティールは、一見キリスト教と関係のなさそうな日本の漫画作品『ワンピース』を高く評価する。
本作には、800年にわたり高度な科学技術によって海洋を支配してきた「世界政府」が描かれるが、この寡頭制政府の支配者イムこそが「反キリスト」だ。これに対し、仲間との友情を武器にイムと対峙する主人公の少年ルフィに、ティールはキリストになる可能性を見出している。アインシュタインがモデルとされる科学者ベガパンクの信じた科学技術による救済が、ルフィによってもたらされることをティールは期待しているようだ。
この論考の最後に引用された(マタイ18:3)は、「誰が、天の国で一番偉いのでしょうか」と弟子に聞かれ、イエスが答えた「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない[1]」という一文だ。最も小さき存在、「子供のようになる」ことに人類の活路を見るこの結論は、『ワンピース』が掲載されている『少年ジャンプ』の理念に符合すると同時に、極めてキリスト教的なのは間違いがない。







