トランプ再登板後のアメリカ政治で、いま共和党を揺さぶっているのが27歳の動画配信者、ニック・フエンテスだ。主流派から「危険人物」として追放され、主要SNSからも締め出された彼はなぜZ世代の若者たちを惹きつけ、共和党を内側から分裂させ、さらには極右と極左を奇妙に接続してしまうのか。

「年長世代のエスタブリッシュメント」への怒りを武器に世代・党派・思想の境界線を越えて広がり、アメリカ政治が抱える亀裂を映し出すフエンテス現象。キリスト教思想が専門で宗教などの文化的背景とマインドセットの関係について研究する著者が読み解く。#3

 ※本連載は『終末とイノベーション』として書籍化される予定です

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真面目な非難を無化するコメディ、「純潔」が持つ批判性の強度

 2025年は、フエンテスが、コメディと一体化した政治ゲームの勝者であることを知らしめた年だった。彼をゲストとして呼ぶポッドキャスターが増えるのと同時に、ヴァンス、シャピロ、カーソン、そしてイギリス人ジャーナリストのピアーズ・モーガンら年長者は、フエンテスの誤りを公然と知らしめようとした。

 しかしその結果明らかになったのは、フエンテスを「真面目に」非難し、教え諭そうとすることは、おおむね彼が設えた舞台でピエロを演じることにしかならないということだった。その理由の一つは、先にも述べたように、彼の差別発言は常にそれがコメディに過ぎないという文脈を維持しているため、大真面目に批判すれば「ジョークに対して何を真剣になっているの?」と一蹴されてしまうからだ。この手法は日常的ないじめでもお馴染みで、私たちの道徳的な感受性を麻痺させる危険性がある。

 しかしながら、フエンテスはそうした「いじめっこ」に尽きる存在ではないからこそ曲者なのだ。彼はキリスト教信仰に関わる点において非常に真面目で、高い道徳性を維持しているように振る舞い、それがニック・フエンテスという人物を、この世俗的社会に対して批判性を持つ、奇妙ではあるが魅力的で説得力ある人格に見せている。

自伝的回想録『ヒルビリー・エレジー』の著書がある米副大統領J・D・ヴァンス ダニエル・トロック, Public domain, via Wikimedia Commons

 彼は、若手右派のインフルエンサーのなかで宿敵だったチャーリー・カークが暗殺された時には祈りを捧げ、フォロワーたちに物理的暴力を厳しく禁止した。

『スタンド・バイ・ミー』で知られるリベラルな映画監督のロブ・ライナーが実子に刺殺され、トランプがこの悲劇を愚弄(ぐろう)した際には、トランプの行いを厳しく批判し、自分も含めトランプを支持している者たちは自分が投影したいものをトランプに投影してきただけで、トランプ自身は空っぽな人間だと強く訴えた。また彼は自身をモテないインセルだと自嘲しつつも、カトリックの教え通り結婚まで童貞であることを守るつもりだと語り、フォロワーたちにポルノを観ないように勧めている。

「ブーマー世代が好きな説教臭い動画には心動かされない」

 YouTube配信もしているイギリスのTV番組「ピアーズ・モーガン・アンセンサード」への出演は、フエンテスのコメディ性と道徳性が、彼を説教する年長者をどれほど醜く見せ得るかについて、これ以上ないほどの証明となった。

 この番組はアメリカで物議を醸したカールソンによるインタビューの約1ヶ月後に放映され、基本的にフエンテスの代表的な問題発言を取り上げ、弁明させるという形式を取っていた(ある意味フエンテスについて手っ取り早く知るためのまとめ動画になっている)。この番組がYouTubeで配信されると、改めて非難が沸き起こり、米国上院議員のチャック・シューマー(民主党)や下院議長のマイク・ジョンソン(共和党)、そしてシャピーロやユダヤ人団体は、フエンテスに差別的な思想を語らせる機会を与えたこと自体を批判した。

 同時にホストのピアーズ・モーガンのインタビューの進め方への批判も少なくなかった。モーガンは、番組の冒頭からフエンテスの人種差別は彼の生育関係、特に父親のせいだと決めつけようとし、フエンテスのヒトラー賛美を反省させるためにユダヤ人知識人のインタビュー動画を流した。またフエンテスが童貞であることは異常だと強調し、「ゲイなのか?」と問いかけ、フエンテスが否定すると、女性を知らないからミソジニーになると断言し、女性とセックスすることを執拗に勧めた。

タブロイド紙の記者、編集者歴の長かったピアーズ・モーガン氏 CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

 こうしたアプローチに対し、フエンテスは「自分を批判するのは構わないが、不在の父親を非難することはフェアではない」と答え、ユダヤ人知識人の動画については、フエンテスの世代は、こうしたブーマー世代が好きな説教くさい動画には心を動かされないという世代間ギャップのジョークで切り抜けた。

 最も多くの批判やコメントが寄せられたのは、童貞・純潔を巡るやり取りで、全ての質問に正直に答えたフエンテスの透明性や道徳性が際立つ一方で、ピアーズが童貞を(さげす)んだことは、ピアーズ自身もカトリックであるため矛盾している上に滑稽だと非難された。実際、中高年男性が若者に「女性と寝たこともないのか」と蔑む様は醜悪で、インセルに対し道徳的に高みに立っているつもりになっているリベラル白人中高年男性のピアーズこそ、ホモソーシャルな価値観を保持している欺瞞が見事に露わになった場面だった。

 同様の意味で以下の人種を巡るやりとりもひどいものだった。「あなた(フエンテス)は父方のメキシコ人の血が入っているから白人ではなくラテン系だ」というピアーズの指摘に対し、「ラテン系の人種は何ですか?」とフエンテスが返すとピアーズは「ラテン系はラテン系だ」としか答えられなかった。他人種に無知な上に、メキシコ系の血が入っているから白人ではないと線引きするピアーズこそ逆説的に白人至上主義者に見えた。ピアーズの番組以降、フエンテスの名がますます多くの人口に膾炙(かいしゃ)するようになり、グロイパーズやフォロワーたちの結束は強まっている。