共和党内の議論を喚起するフエンテスの「無敵」かつ本気な文化戦争

 フエンテスは間違いなくインターネットの右派の「荒らし」(トローリング)文化から出現した人物だ。ここ10年強の間に、こうしたトローリング文化自体がコメディと一体化した政治系メディアとしてプラットフォーム化された。

 その中で最も影響力のある一人になった彼は、怖いもの知らずの「無敵な」態度を維持しつつも、すでに年長者や左派を嘲笑(あざわら)うシニシズムや自暴自棄のテロリズムではなく、現実の変革を目指している。自発的に純潔(セリバシー)を保ちつつ、大統領も含めた巨大権力に立ち向かい、自分たちの理想を実現しようとするその姿はどこか、世直し思想を掲げた近代以前のファナティックな修道僧のようだ。

インターネット上の「荒らし」は神話世界の怪物トロールのようなものかもしれない テオドール・キッテルセン, Public domain, via Wikimedia Commons

 一方でジョークとして発せられるフエンテスの女性蔑視発言や人種差別発言が若者に与える影響は深刻だが[1]、他方で、米国のシオニズムや大統領の不道徳などのタブーに果敢に切り込むことで、文字通り一人の青年が身一つで始めたストリーミングが現実政治に変化を与えるとしたら、それは否定しがたくオンライン上で展開してきた文化政治の一つの快挙になるだろう。

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 少なくともフエンテスの処遇を巡り共和党内で議論が盛んに起こっていることは、彼が共和党のアイデンティティ形成に一役買っていることを示している。例えば共和党のオハイオ州知事選挙に出馬しているインド系アメリカ人のヴィヴェク・ラマスワミは、フエンテスの白人至上主義は左派のアイデンティティ・ポリティクスと同様に、人々を分断することにしかならないとして、属性と関係のないアメリカ人としての共通のアイデンティティの重要性を訴えている。ラマスワミの盟友でインド系アメリカ人の妻を持つヴァンスもこの意見をサポートしている。

元実業家のヴィヴェック・ラマスワミ氏 ゲージ・スキッドモア, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 グロイパー対ラマスワミ/ヴァンスの人種アイデンティティに関する戦いは、共和党はもちろん、対抗する民主党の今後の方針を大きく変える可能性がある。若者として、年長者の欺瞞や誤りを指摘できるという道徳的高みに立っている間に、フエンテスはどれほどのことを成し遂げるのか。

 新年早々、ICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)によって殺害された女性について、彼は極めて冷酷なコメントをし、イランの反政府運動にイスラエルの関与を見る陰謀論を吹聴している。他方で1月11日の「ニューヨーク・タイムズ」(https://www.nytimes.com/2026/01/11/us/politics/trump-maga-republicans-antisemitism.html?smid=url-share )には、トランプ大統領が、反ユダヤ主義の右派インフルエンサーたちをMAGAに受け入れない意向を示したという報道もあった。まずは2026年のフエンテスの動向を引き続き注視したい。

【著者プロフィール】
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。博士(学術)。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、何かを神聖視する心理に注目しながら研究している。


[1] フエンテスは2024年の大統領選挙でトランプが再選された得実、人工妊娠中絶の権利を巡るスローガン「私の体、私の選択 (My body, my choice)」を揶揄し、「あなたの体、私の選択 (Your body, my choice)」と言い換えて、女性の身体に対する男性の支配を主張した。この言い換えられたスローガンは、マノスフィア〔=女性嫌悪的な内容を共有する一群のオンラインコミュニティやウェブサイト〕関連のオンラインコミュニティで広く拡散されたことで知られている。選挙後、このスローガンが学校の教室などで、実際に女子学生に向けて発せられたという報告もある。私見ではフエンテスのこの「あなたの体、私の選択 (Your body, my choice)」もまた、もしスタンダップコメディの舞台で聞くならば、そんなことあり得ないからこそ笑えるというハイコンテクストなジョークとして受け止められ得る。問題は、こうしたタブーに触れる笑いがコメディ=虚構という明確な線引きのなかで聞かれなくなっているネット空間にこそある。様々なプラットフォームから追放されてもなお拡大したフエンテスの人気は、現実と虚構がないまぜになった私たちの現実を規制によって秩序立てることの困難さを示している。

最初から記事を読む 既読権益層を批判して時代を味方に。アメリカ政治を揺るがす27歳の極右インフルエンサー、ニック・フエンテスとは何者か?