「ほぼ実話です」と言い切れる理由
――病院の裏側の描写が、非常に生々しいです。どこまでが実話なのでしょうか。
濱 合わせ技ですが、7割くらいは実際に見聞きしてきたことです。私の母方の実家の家系には医療関係の親族も多いですし、私も警察官として病院の相談にも乗ってきた。その後、病院協会で医療安全委員を10年務めました。ほぼ実話ですよ。
――利雄の伯父の幸田宗春という人物も、非常に印象的です。モデルはいらっしゃるのでしょうか。
濱 関西で医薬品の卸をやっていた私の親族がモデルです。元々は病院に勤めていましたが、「医者より薬のほうが儲かる」と言って、そちらに転じた人でした。
――宗春は、医療とカネの裏側を象徴する存在として描かれています。
濱 大阪の船場や、東京の神田鍛冶町には、いわゆる「現金問屋」と呼ばれる世界があります。病院から余った薬を集めて、それを現金で流す。製薬会社から貰うサンプルも持ち込まれて、現金化されていました。
――具体的には、どのような薬が出回るのでしょうか。
濱 たとえばラボナールですね。中絶の際に使われる薬ですが、これを使えば、こっそり人工中絶ができる。そういう薬の存在を、闇医者はよく知っている。宗春は、そういった医療の裏側の世界を全て見てきた人間です。
――危うい世界ですが、宗春には独自の倫理も感じられます。
濱 決して善人ではありません。ただ、きれい事では医療は回らないという現実から、目を逸らさなかった。その役割を、宗春に背負わせています。
なぜ病院の話が、警察と政治とカネの話になるのか?
――一方、利雄の末の妹の恵理子は、救いの存在として描かれています。
濱 この物語は、基本的には転落の話です。だからこそ、次につながる存在が必要でした。
彼女は、権力やカネのためではなく、現場と生活を知った人間として、その場所に立つ。
最後には、利雄とは、まったく違う選択をします。
――なぜ病院の物語は、警察や政治、カネの話に広がっていくのでしょうか。
濱 病院には人が集まる。人が集まれば、カネが動く。カネが動けば、政治が絡み、警察が動く。それは、避けられない構造です。
―― 濱さんの作品を長年愛読してきた読者に、この物語から何を感じ取ってほしいですか。
濱 どんな立場の人にも、「善」の気持ちはあります。ただ、一度「悪」の道に足を踏み入れると、人は驚くほど簡単に転がり落ちていく。その途中には、必ず止めようとしてくれる人がいる。問題は、それに気づけるか、気づいたときに軌道修正できるかどうかです。「あの時、立ち止まれたかどうか」が、その後の人生を分ける。警察官として多くの人を見てきた率直な実感ですが、そんなことを読み取ってもらえると嬉しいですね。
――改めて、『孤高の血族』は濱さんにとってどんな作品でしょうか。
濱 いま振り返ると、やはり原点だったと思います。警察小説を書く以前に、自分が何を見て、何を考えてきたのか。そのすべてが、ここに入っている。そういう意味では、いちばん個人的な小説かもしれません。

