当時はまだレンタルビデオ産業がかろうじて息をしていて、放課後、ツタヤに毎日のように通っていた。そこでは中学時代のあんま仲良くなかった元同級生がレジのバイトをしていて気まずいんだけど、住んでた町に店はそこしかなかった。
2、3本レンタルして、夜中にポータブルDVDプレイヤーで見たのちに返却してまたレンタル……というルーチンで生活していた。とにかく1本でも多くの映画を見たい、という思いに駆られていて、睡眠時間を削って手当たり次第に見まくっていたと思う。『カサブランカ』とか『市民ケーン』とかまで、わざわざ金を払って真面目くさったツラでじっくり鑑賞していたわけだ。今そのときと同じような習慣で生活しろと言われてもきっと無理だ。もうそこまで貪欲にはなれない。『太陽を盗んだ男』については、伝説的な作品として頻繁に取沙汰されるので見る前から知ってはいた。
沢田研二演じる冴えない教師が自作の原爆をもって国家を脅迫する……。なんて痺れるあらすじなんだろう! 見たかったけど当時最寄りのツタヤには在庫がなく、しばらく待ってほかの店舗から取り寄せてもらったはずだ。そういうサービスがあった。
沢田研二が双眼鏡を覗いている場面がタイトルバックだ。視線の先には海沿いの原発がある。彼はここに忍び込み、プルトニウムを盗んで原爆を作るのだ。
あらゆる面で無知だった当時としても、原子力に無関心ではなかった。実家は作中にも登場する東海原発のそれなりに近くにあり、そこら辺に住んでる者にとってはけっこう身近なものだった。
東日本大地震で化けの皮が剥がれる前の話だけど、東海村には「ウラン坊や」や「プルト君」などとのたまうフザけたマスコットのいる原子力科学館やミュージアムなんかが複数あり、近隣の小学生は遠足で足を運んで町ぐるみのプロパガンダを受けることになっていた。
どことなく存在感があったその原発が、作中で巻き起こるカオスの発端となる。年代も立場も全く異なるけれど、この映画が自分の生活とどこか地続きであるような気がしたことを覚えている。