2021年、松本清張賞を満場一致で受賞し、21歳の現役大学生による破格のデビュー作として話題になった波木銅さんの『万事快調〈オール・グリーンズ〉』が、この冬満を持して映画化する。南沙良さん演じる朴秀美は、SF小説を愛し、ラッパーを夢見る女子高生。出口夏希さん演じる映画好きの矢口美流紅、吉田美月喜さん演じる漫画オタクの岩隈真子と朴の3人が繰り広げる“禁断の課外活動”の中では、さまざまな実在のポップカルチャーが登場する。脚本も務めた児山隆監督、南沙良さん、そして原作の波木銅さんが、それぞれを形作ってきたカルチャーの存在を語り合う。

万事快調〈オール・グリーンズ〉 (文藝春秋)

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児山 波木さんは、ラップには思い入れがあるんですよね。

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波木 そうですね。ただ小説でラップを書いても、あんまりかっこよさが伝わらないですよね。やっぱり文章だけで表現するのは難しいです。しかも朴秀美はアマチュアだからラップがすごく上手いわけではないし、かといって過度に下手に書いてもおかしい。その塩梅を考えるのには、頭を使いましたね。それが映画になると、当たり前ですが音が鳴るので本当にラップが聴こえるわけで、本物っぽさが一気に出ました。そこは映画の見どころの一つだなと思います。最後の朴のラップシーンは最初に観たときには驚きました。南さんもラップはもともと聴いてらしたと伺ったんですが、演じてみていかがでしたか?

波木銅さん ©三宅史郎(文藝春秋)

 この作品の中で一番緊張したのが、ラッパーのPecoriさんの前でラップを歌うシーンだったんですよね。私、普段は私生活でもお仕事でも、あまり緊張しないタイプで、冷や汗をかいたりもしないんですけど。あのときは全身にありえない量の冷や汗をかいていました。

児山 本物のアーティストですからね。さらに遠くで荘子itさんも見ていらっしゃるし……。

 本当に、生きた心地がしなかったですね。うわー、まじか、どうしようと思いながら、でもやるしかなくて一生懸命頑張りました。

波木 そうとは思えないくらい、素晴らしかったです。

 ありがとうございます。もちろん個人としての反省点はたくさんありますが、最後のラップシーンも追加されて、本当に良いものになったなと思っています。

©2026 「万事快調」製作委員会

波木 本作は、ラップをはじめとした音楽、小説、映画、漫画などポップカルチャーとそれを愛する人にあふれた映画ですが、お2人はこれまでどんなカルチャーに触れてこられたんですか?

児山 僕は『ファイト・クラブ』という映画が好きなんですが、これが波木さんの原作に出てきて僕はすごく嬉しかったんです。『ファイト・クラブ』でやっていることって、僕たちの年代だと自主映画界隈で誰しも憧れたことだったと思います。あの映画の公開が1999年で、波木さんのお生まれの年ですよね。僕はまさに1999年に観たんですが、当時ノストラダムスの大予言をはじめとする終末思想があって、要はもうすぐ世界が終わるかもという空気が充満していたんです。そのときに思春期を過ごした人間は、お祭りみたいにその“終わり”に向かっていた。『ファイト・クラブ』が封切られたのはそんな年の12月のことでした。

波木 『ファイト・クラブ』は中学生のころに観ていましたね。めちゃめちゃ有名な映画ではあるんですが、中学生当時は周りにこの映画を観ている人はそんなに多くなくて、それが嬉しかったというのもあります。映画以外だといかがですか?

児山 漫画やアニメが大好きでしたが、小説もそれなりに読みましたし、音楽もそれなりに聴いていました。全部それなりにという感じです。僕は出身が大阪なんですが、大阪では『アニメだいすき!』っていう読売テレビの番組があったんです。春休みとか、夏休みとか、子供たちの長期休みにオリジナルビデオアニメなどを流すという気前のいい番組で。『トップをねらえ!』とか『王立宇宙軍 オネアミスの翼』とか『メガゾーン23』なんかが放送されていて、普段はテレビじゃ流れないアニメーションを覗くような感覚で見ていたんです。だから、漫画オタクである岩隈の気持ちがめちゃくちゃ分かるんですよね。ほかにも映画版の『機動警察パトレイバー』1、2は至高ですね。2なんか最高すぎて、いまだに夏の終わりに見ます。

©2026 「万事快調」製作委員会

 私は小学生のころに辻村深月さんの『凍りのくじら』という小説に出会ってから、本を読むことが好きになりました。その後中学生のときには太宰治が好きになって、教室の端っこでずっと読んでいましたね。中でも『女生徒』が好きです。アニメや漫画も昔から大好きで、今でもジャンプは読んでいますし、学生のころは二次元キャラクターにガチ恋するようなアニオタでもあったんですよ。だから、美流紅みたいなクラスの中心にいる人にずっと憧れていた人生でもありました。

児山 じゃあ、やっぱり今作では朴秀美に一番感情移入しやすかったですか?

 はい、朴でしたね。私がこれまでに小説を読んで感じていたのは、自分のこの行き場のない感情や孤独を言葉で的確にすくい上げて、物語として昇華していることに対する感動でした。ああ物語って、小説ってすごいんだって思ったんです。それで太宰にはまりました。でも今は感情移入しすぎてしまうので、作品の撮影期間は小説を読まないようにしているんですよ。アニメも映画も含めて引っ張られすぎちゃうことが多くて、仕事にならなくなってしまうので。

波木 僕はめちゃめちゃこじらせてたので、「俺だけが知っているこの作品」、「みんなが知らないこの映画を観ている俺」みたいな価値観があったんですよね。

児山 めちゃくちゃわかる。僕もいまだにそうかもしれない。

波木 だから『ファイト・クラブ』も観ましたし、漫画も岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』とか、「お前らは知らんだろ」みたいな作品を一人で読んで、悦に浸っていましたね(笑)。ただそのなかで面白い作品にたくさん出会って、作家や映画監督の過去作を自主的に調べて追っていく楽しみにも気づけたなと思います。