1995年12月、ビデオ情報誌の編集者の「僕」は、大学時代の恩師・安宅先生に誘われて、雪山奥深くに復元された「百窓」のお披露目会を訪れる。マニアや特撮関係者など「百窓」に縁の深い人間が集まったが、翌朝、2名が遺体となって発見されて――。
かくして幕を開ける歌田年さんの『百窓の殺人』。惨劇の舞台となる「百窓」は、かつて東京都世田谷区に実在した建物だ。無数の丸窓が並ぶ特異な外観と立地から特撮作品のロケ地として数多く使われた。
「物心がついた頃、いろんなドラマや特撮に『百窓』が出ていたんです。記憶には残っているけど、あれがなんだったかわからない。世間も自分もすっかり忘れた2000年代、インターネットでぽつぽつと話題に上がって、そこでようやく詳しく知っていきました」
ネットが急速に普及する時代を模型雑誌の編集者として肌で感じていた歌田さん。「インターネット元年」を舞台に選んだことには理由がある。
「バブル崩壊後の95年は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が日本を揺るがし、一方オタク文化の面でも様々な動きがあった年。ぜひ舞台にしたいと思いつつ、回顧するには半端な時代かもと、恐々提案したんですが、編集者さんに『あまり見ない時代で新しい』と言っていただきました」
時代の空気感を表現するため、登場する「アイテム」にもこだわったという。
「例えばMDウォークマンは私も取材でよく使いました。そういったアイテムがあると生活感が出ますし、作劇にも役立ちましたね」
また、歌田作品の特徴であるマニアックな蘊蓄(うんちく)は本作にも巧みに盛り込まれている。そのメインの語り手となるのが安宅先生だ。
「いい大人なのにオタクなことをガンガン話して、聞かれないことも全部喋らずにはいられない。自分の分身でもありますが、仕事上私の周りにいっぱいいた人たちの集合体ですね(笑)」
「百窓」に集まった者には、プロモーションビデオの撮影を理由にコスプレのドレスコードが課せられる。
「仮面を着けて顔を隠すのはミステリーの一つの様式美ですよね。私の場合はカジュアルなコスプレにして、名前と組み合わせてキャラの棲み分けにも活用しました。例えば怪人・怪獣デザイナーの木暮(きぐれ)が纏う着ぐるみ『人喰いラフレシアン』は、実は『仮面ライダー』の『人喰いサラセニアン』のパロディです(笑)」
物語の中盤では、85年に起きたとある事件が今回の「百窓」で起きた事件と深く絡まり始める。
「85年は元祖『百窓』が取り壊された年。10年のブランクを超えて、事件が解決せずに続くことに意味を持たせました」
過去と現在を繋ぐ存在はもう一つある。「僕」と安宅先生の会話に登場する略号「テン・コード」だ。
「特撮ドラマ『緊急指令10-4・10-10』が放送された当時、トランシーバーとあわせて流行ったんです。今でもアメリカの警察等で使われていて、洋画でたまに聞きますね。一般には浸透していないこのコードが物語のキーになります」
最後に読者へのメッセージを伺った。
「かつて存在した、ものすごく変わったこの建物を知ってほしい、というのが一番の執筆動機です。調べる過程で、『百窓』に最も近い人物からお話を伺う機会もありました。本作は『百窓』が蘇り、人が集まり、殺されるという物語の必然性から逆算してできた作品。『館モノ』の王道と少し違いますが、凝り固まらずに楽しんでいただきたいです」
うただとし/1963年生まれ。東京都八王子市出身。出版社勤務を経てフリーの編集者、プラモデル造形家。2019年、『模型の家、紙の城』で第18回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、同作を改題した『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』でデビュー。他の著書に『BARゴーストの地縛霊探偵』『マルゾン』など。

