「このまま消えてしまいたい」
執行猶予中、酒井は芸能界を離れた。最初のころは「このまま消えてしまいたい」という思いに囚われて泣いてばかりの日々が続くが、周囲の人が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、徐々に立ち直っていく。
最愛の息子についても彼女は、自分のせいで彼の未来まで目茶苦茶にしてしまったと苦しんだが、当時息子が通っていた小学校の校長がほかの児童の保護者の声を聴いたうえ、通い続けられるよう取り計らってくれた。そのことを拘留中に弁護士から聞かされた彼女は、ありがたくて涙があふれ出たという(『婦人公論』2011年10月22日号)。
芸能界復帰を決めた理由
保釈後は裁判で述べたとおり介護の仕事で生活していくべく、大学に入学して通信教育で勉強を重ね、そのなかで新しいこともたくさん学んだ。だが、彼女は2012年に執行猶予を終えると、芸能界への復帰を決める。そこにいたるまでの心境の変化を、彼女は手記で次のように説明している。
《介護の勉強は甘くはなかった。よほど強い意志がないと、継続するのは難しい。勉強を続ける中で、はたして自分はこの世界で通用するのか、自分には向いていないんじゃないかと悩むようになりました。/そう自問自答するうちに、やはり自分は多くの人に歌や演技を届ける仕事しかできないのではないかと、思い直すようになりました。なんだか現実から逃げているようで嫌ですが、十四歳からこの仕事を続けてきた私には、やはりこれしか残っていないのです》(『週刊文春』2012年12月6日号)
社会からは事件以来、批判も多々受けたが、それでもファンの多くは彼女の復帰を待っていたのだろう。活動再開後は国内よりもまずアジア各地での活動に重点を置き、コンサートを開いては衰えぬ人気を示した。日本でも徐々に仕事の幅を広げ、デビュー30周年を迎えた2016年には「芸能界への本格復帰元年」との位置づけで記念コンサートを開催したほか、限定2000セットの写真集『酒井法子 30th Anniversary BOX』を出版、45歳にしてビキニ姿も披露している。
介護の仕事は断念したものの、芸能界復帰前の2011年には中国での薬物防止キャンペーンに同国政府の依頼で参加したのをはじめ、復帰してからも社会貢献のための活動に積極的に携わっている。2018年からはB&G財団の「子ども健全育成大使」を務める。ただ、この打診を受けたときは自分でいいのか悩んだという。
《けれどB&G財団理事長が“誰でも間違いはする。でもやり直すチャンスは必要だ”と言ってくださって。施設の子どもたちが喜んでくれて、その顔を見たら、自分にも何かできることがあるのかもしれないと思えた。みなさんと丁寧に関わっていくことで、“いろいろあったけど、彼女と一緒にできてよかったな”と思ってもらえたらと―》(「週刊女性PRIME」2022年11月29日配信)

