歌手・俳優の酒井法子がきょう2月14日、55歳の誕生日を迎えた。今年は芸能界デビューから40周年の節目でもある。(全2回の1回目/続きを読む

2月14日に誕生日を迎えた酒井法子 ©文藝春秋

首相も使った愛称「のりピー」の誕生秘話

 酒井は14歳でデビューしたときから「のりピー」のニックネームで呼ばれることも多い。1997年に中国の李鵬首相の来日晩餐会に、酒井がアジアで人気のある芸能人ということで招待された際には、橋本龍太郎首相から「のりピーって呼んでもいいかなあ」と、彼女いわく《ものすごくダンディに》訊かれたので、覚えていった中国語の挨拶が全部頭から飛んでしまったという(肩書はいずれも当時。『週刊文春』1998年8月6日号)。

 本人によれば、中学時代には「のりっぺ」と呼ばれていたが、デビューにあたってニックネームをどうするか検討した際、それでは語感がいまひとつだと判断された。そこで、彼女の中学時代に「うれピー」や「たのピー」などと語尾に「ピー」をつけるのが流行っていたことから発想して(酒井によれば爆風スランプが「ちゃんちゃらおかP音頭」という曲で「おかぴー」と歌っていた影響もあったかもしれないという)、「のりピー」の愛称が生まれたのだとか(酒井法子『贖罪』朝日新聞出版、2010年)。

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デビュー35周年を記念して発売されたベストアルバム『Premium Best』(2023年)

「この子は伸びるし、企画力がある」

 そもそも酒井が芸能界入りするきっかけは、福岡に住んでいた中学3年のとき、「'85ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に応募したことだ。入賞すれば芸能事務所サンミュージックプロダクションに所属し、ビクターからレコードデビューできるというこのコンテストで、彼女は九州代表として本選に進んだものの、グランプリ、準グランプリともに逃す。

 しかし、特技の審査で落語「寿限無」を博多弁で披露したことがサンミュージックの若いスタッフたちの印象に残ったらしく、「この子は伸びるし、企画力がある」と、同社取締役の相澤正久プロモート事業本部長(現・代表取締役会長)に進言した。相澤はこれを受けてアイドル雑誌『BOMB(ボム)』の編集長と相談し、彼女のために新しい賞を設け、本人には後日、電話でその旨を伝えると同時に、デビューは確約できないけれど……と断りながらも東京に来る気はないかと誘った。アイドルに憧れていた酒井はこれに飛びつき、中学卒業とともに上京したのだった。