2曲とも作詞は遠藤京子(現・響子)で、のち2017年に酒井が歌手デビュー30周年を記念してリリースしたCDボックス『NORIKO BOX 30th Anniversary Mammoth Edition』にも、遠藤がプロデュース・作詞・作曲を手がけた新曲「永遠の宝物」が収録されている。
1992年には自身初となる海外でのコンサートを台湾で開催した。当時、台湾では日本の芸能人が人気を集め始めていたころで、なかでも酒井はずば抜けた人気と知名度を誇った。台北の屋外競技場でのコンサートでは、イントロと同時に「のりピー、のりピー」と大声援が起こり、曲中には観客が一緒に日本語の歌詞を口ずさんだかと思うと、酒井がステージを右へ左へ走るたびみんなも同じ方向に押し寄せるという盛り上がりぶりであったらしい。
台湾ではCMのほか酒井主演の連続ドラマ『我愛美人魚』も制作・放送され、ヒットした。以後、その人気は、香港やシンガポールなどアジア各地に飛び火していった。冒頭で紹介した中国首相の来日晩餐会への招待も、こうした理由による。
『ひとつ屋根の下』で掴んだ女優としての転機
国内でも大きな転機があった。それは1993年に大ヒットした連続ドラマ『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)で、6人きょうだいの長女・柏木小雪(ただしほかのきょうだいと血縁はない)を演じたことだ。
酒井には大役と思われ、極度の緊張と気負いから製作発表会見の翌日に倒れて数日寝込んだが、いざ撮影が始まると体当たりで挑んだ。やがてディレクターから「3話目まではのりピーだったけど、それ以降は小雪になれた」と言われ、安堵したという(『週刊現代』2024年1月27日号)。世間的にも彼女は同作によって大人の俳優として一躍周知されることになる。
それまでアイドルという枠に縛られ、20歳になってもテレビ番組の打ち上げで2次会に行きたくてもマネージャーに止められていたほどだった。当然、恋愛などもってのほかで、このころ雑誌で対談した俳優の山城新伍から「恋人は、まだできないの?」と訊かれ、《母にも「アンタ、いないの誰か?」っていわれるんですけど、ぜんぜん。そういうのは音沙汰ないですね》と答えていた(『週刊現代』1992年1月11日号)。それが、『ひとつ屋根の下』で脚本家の野島伸司と出会い、撮影終了後に交際へと発展、やがて記者会見で発表して公然の仲となった。
1995年に放送されたドラマ『星の金貨』(日本テレビ系)ではろうあ者であるヒロイン・倉本彩を演じた。セリフはすべて手話で、専門家からレッスンを受けたのち、自主トレを続けながら撮影に臨む。放送当時のインタビューでは《なるべく表情で表現するようにオーバーに演じていますが、悲しさや切なさも出さなければいけないので難しい…》と語っている(『週刊読売』1995年4月30日号)。しかし、不遇な生い立ちを抱え、複雑で過酷な恋愛模様に巻き込まれながらも一途な愛を貫こうとする彩の姿が視聴者の感動を呼び、酒井の演技は高く評価された。

