きょう2月14日、酒井法子が55歳の誕生日を迎えた。1986年にアイドル歌手としてデビューすると、「のりピー」の愛称で一躍ブレイク。女優としても存在感を発揮し、結婚・出産を経てーーある“事件”が発生する(全2回の2回目/はじめから読む

2012年11月、芸能界復帰会見での酒井法子 ©時事通信社 

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 酒井法子は1998年に結婚し、翌年に子供を出産してからというもの仕事と家庭の両立のため全力を挙げるあまり、心身ともに疲弊していった。そんな彼女の前に、当時の夫が差し出したのが覚醒剤だった。それ以前から夫は隠し持ってはひそかに使用していたらしい。もちろん、このとき彼女が拒絶し、夫の行為も止めていたのなら、事態はそれほど大きくはならなかったはずだ。

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「初めて夫の誘いを受けたときに…」

 彼女自身、のちに省みて《初めて夫の誘いを受けたときに、そこで拒絶するのが当たり前の反応だったと思うし、そうしていたら一番よかった》、《なぜ注意してあげられなかったのだろう。なぜ強く「やめて」と言えなかったのだろう。なぜ拒絶できなかったのだろう。ずっと後悔している。/それでも、勧められて、吸ってみようと決めて、実際に煙を吸ったのは、わたし自身。その事実は変わらない》と悔恨の念を繰り返し述べている(酒井法子『贖罪』朝日新聞出版、2010年)。

 結局、2009年8月、夫が覚せい剤取締役法違反容疑で逮捕されたのに続き、酒井も同容疑で逮捕される。夫の逮捕後、彼女は連絡を絶ったため、一時は捜索願が出されて大騒ぎとなった。テレビを通じて衆人環視のもとでの逮捕劇は、それまでの彼女のイメージとのギャップもあいまって人々に衝撃を与える。

覚せい剤取締法違反の罪で起訴され、2009年9月17日、40日ぶりに拘置先の湾岸署から保釈された ©文藝春秋

懲役1年6ヵ月、執行猶予3年の有罪判決

 裁判では懲役1年6ヵ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。夫とは翌年離婚する。所属していたサンミュージックからは解雇されたが、芸能界における彼女の育ての親である相澤秀禎(ひでよし)社長(当時)は、彼女が初公判で「覚醒剤を完全に断ち切り、介護の勉強をしたい」と更生を期したのを受け、《法子は自分の「道」を見つけたが、それは決して平坦ではない。むしろ、茨の道であり、立ち止まったり後退することもあるだろう。そんなときは真っ先に相談してほしい》と手記を通してエールを送った(『文藝春秋』2009年12月号)。