複雑な生い立ちから生まれた子供支援への思い

 同財団は、家庭の事情や経済的理由などから困難な環境に置かれた子供たちがすごせる場所を増やそうという活動を展開している。酒井自身、福岡で生まれてまもなくして産みの母親と別れ、埼玉に住む父の姉夫婦のもとに預けられて育った。その後も父が再婚、再々婚したため育ての母が3人いるという複雑な生い立ちを持つ。おかげで何度も転居を余儀なくされ、子供のころは理不尽な境遇だと悲観したこともあったという。それでも彼女は後年、次のように振り返っている。

©文藝春秋

《どこに居を移しても、不自由な思いをすることもなく、温かく育ててもらったとわたし自身は思っている。貧しい生活を強いられたり、ひもじい思いをしたりすることもなかった。(中略)わたしの場合には本当の子どもですらなかったのに、本当の家族のように大事にされてきた。そのことに対しては感謝の念が尽きない。十分に幸せな境遇だったと思っている》(前掲、『贖罪』)

 事件のとき支えてくれた母親は父の再々婚相手で、酒井のデビュー後に父が交通事故で急死してからも酒井のそばにずっとついてくれていた。そんなふうに周囲の人たちが支えてくれるありがたみを、幼少期からさまざまな経験により痛いほど知る酒井だけに、子供たちの居場所をつくる活動はまさに打ってつけといえる。

事務所独立を後押しした息子からの言葉

 酒井は2021年、それまで8年間所属した事務所から独立し、個人事務所「スマイル」を立ち上げた。《50歳の節目に、自分の残された時間を思い、もう一度挑戦したくなったのです。不安もあった私の背中を押してくれたのは、私の活動に誇りを持ってくれる息子でした》と彼女は語っている(『週刊現代』2024年1月27日号)。

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 当時21歳になっていた息子とはいつも本音で話しており、《今回も“応援してくれる人がいるなら、やったほうがいいんじゃない?”と背中を押してくれました。(中略)彼が成人したことも後押しになりましたね》という(「週刊女性PRIME」2021年5月11日配信)。

 独立を機に気分転換を兼ねて、それまで伸ばしていた髪を切ってデビュー当時を思わせるショートヘアにした。最近、SNSに写真をあげるたび、その容姿が昔と変わらないと話題を呼んでいるが、その理由は髪型にもあるのかもしれない。

酒井法子のインスタグラムより

 近年は、国内でのコンサートにもアジア各地から観に来てくれるファンがいるという。しかもそのなかには酒井の子供と同じぐらいの若い世代もいるとか。どうやら親の影響や、彼女の出演するドラマを観たのをきっかけにファンになったらしい。50代半ばになってなお国内外で新たに支持層を広げていることに、「のりピー恐るべし!」と驚くしかない。

 従来、芸能人が薬物事件を起こすと、メディアの反応は批判一辺倒だった。だが最近では、誰にでも薬物に手に染めてしまう恐れはありうることや、万が一手を出してしまった場合、治療も含めて更生のため、周囲の人たちばかりでなく社会の理解や協力も必要であることも徐々に伝えられるようになってきた。酒井の一件はそのひとつの画期だったようにも思う。たとえ過ちを犯しても、本人の意志に加え、社会の受け入れ方しだいで社会復帰はできるということを、彼女の現在の活躍は何よりも証明している。

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