「碧いうさぎ」のヒット→紅白出場へ

 酒井自ら歌った主題歌「碧いうさぎ」もヒットし、同年末の紅白歌合戦にも初出場する。トップバッターとしてほかの歌手たちに囲まれながら歌ったそのステージでは、事務所の先輩である松田聖子が斜め前に立つ場面があり、松田に憧れてアイドルを目指した酒井は感無量であったようだ。何が何だかわからないまま歌い終えると、紅白常連だった和田アキ子から「あんた、よかったよ」と抱きしめられたという。

大ヒットした「碧いうさぎ」(1995年)

サーファー男性と結婚し男児を出産

 野島伸司とは一時は結婚まで秒読みとマスコミで伝えられたが、結局4年で破局する。その後しばらくはプライベートで同世代の友達と遊ぶことが増えた。やはり友達の誘いでボディボードを始めたころ、房総の海で知り合ったサーファーの男性とやがて交際を始め、妊娠したのを機に結婚を決意する。親や事務所にその意思を伝えると猛反対されたが、必死になって説得して、最後には認めてもらったという。

 こうして1998年12月に婚姻届を提出し、翌年5月にハワイで挙式、7月には男児を出産した。産休を経て2000年4月に本格的に仕事に復帰する。当時のインタビューでは我が子について《大きな安心もくれるし、夢もくれるし、幸せもくれる。彼が存在しているだけで、すごく大きな勇気をもらえる。もらうものがあるなんて、出産前は考えもしなかったんですけど》と語る一方、仕事をやめるつもりはまったくないとして、《もちろん家庭も大事にしたいし、子どもも大事に育てていきますけど、私自身のチャンスも逃したくないという、ちょっと欲張りな選択です》と決意も表明していた(『婦人公論』2000年5月7日号)。

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1998年、結婚相手の写真を手に会見を行った(当時27歳) ©時事通信社

育児と仕事で疲弊し…訪れた“転落”

 その言葉どおり、歌手や俳優として活動を続けながら、子供が小学校に上がってからはPTAの役員を引き受けるなど、子育ても家事も全力投球した。仕事でも、NHKの連続テレビ小説『ファイト』(2005年)や、人気マンガ・アニメ『ちびまる子ちゃん』の連続ドラマ版(2007年、フジテレビ系)など母親役を演じる機会が増える。

 しかし仕事と家庭を両立させようと頑張るあまり、酒井の心と体は疲弊していった。本来なら支えとなるべき夫は家のことをほとんど手伝わないうえ、留守にしがちだったが、彼女はそれを当然のことのように受け入れたために、よけいに負担が増したらしい。そんなとき、彼女は夫の魔の誘惑に乗ってしまい、それが結果的に大きな転落を招くことになってしまう。(つづく)

次の記事に続く 「初めて夫の誘いを受けたときに…」覚せい剤で逮捕、45歳で大胆ビキニ、事務所独立…55歳になった酒井法子の“現在地”

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