「自分を守る」といういちばん大切なことを伝えたい

――2章以降は書き下ろしです。2章では2度目の結婚生活について、鳥飼さんの心の動きを中心に、結婚生活の中で段々と男女関係のバランスが変わっていくさまが書かれています。ここは勇気がいるところだったのではないでしょうか。

鳥飼 本として1冊にまとめるにあたり、編集者の方から「以前の結婚生活について、もっと知りたい」という言葉をいただきました。正直なところ、ためらいはありました。私の2度目の結婚は公になっていましたし、相手のことも知っている人もいます。その関係を外に向けて書くことは、褒められたことではないのかもしれない、と。

 でも、その編集者の方は、私がいる漫画業界とはまったく違う世界にいる方でした。私の経歴やスキャンダラスな部分をほとんど知らない、ごく客観的な立場の方がそれを求めるということは、そこには読者が本当に知りたいと思う「筋道」があるのだと感じました。だから、その声に応えなければ、と思ったんです。

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 もちろん、書くのは私の主観ですが、その主観の中で最大限の客観性を心がけました。これは独りよがりになっていないか。論拠はあるのか。そうやって、個人的でネガティブな思い出に、どういう社会的意義があるのかという視点で見つめ直すことができたんですね。自分にも刃を向け、嘘のないように書く。それはこの本の中でも書いたのですが、私自身が実際に過去に受けた認知行動療法を通じて自分自身を遠くから見つめ直す作業に似ているかもしれません。

鳥飼茜さん

 そうやって書いたからこそ、結婚しているか否か、離婚経験があるか否か、パートナーとの関係がどのようなものかという事情がそれぞれに違っても、読んでくださった方から「私にもこういう経験がある」「この気持ちがわかる」という感想が聞こえてきたのだと思います。共感していただけるのは嬉しい一方で、同じような思いをしている人がこんなにいるのか、と残念な気持ちにもなるのですが(笑)。

 でも、この本が、特にこれからパートナーと関係を築いていく若い世代にとって、「自分を大切にしなきゃいけない」「怖いと思う人との関係は続けちゃいけない」という、当たり前だけれど見失いがちな指針として少しでも役に立つのであれば、それ以上に嬉しいことはありません。

無意識に刷り込まれていた「男性文化の優位」

 執筆を通して、私自身がこれまでいかに「男性が作った文化の方が偉い」と無意識に思い込んできたか、ということにも気づかされました。漫画も、音楽も、ファッションも、サブカルチャーでさえも。その中心にあったのは、ほとんどが男性たちの価値観でした。

 男性文化に認められたい、という気持ちが強くあった。だから、その文化の中に存在する女性への侮蔑的な表現を見ても、笑ってやり過ごし、自分も男性の視線を内面化して、そちら側に立とうとしていた。それは女性である自分自身を裏切る行為だったし、パートナーとの関係性とも無縁ではなかった。その居心地の悪さに、本当に長い間、気づくことができなかったのです。

 この感覚は、私自身と私の父親との関係にも根差しています。父は、女性を性的に消費する「男性文化」を、家庭の中にてらいなく持ち込む人でした。その中で、女性である私はどこに立てばいいのか、ずっと気まずさを感じていた。精神的な抑圧に気づかないまま長く過ごすと、その傷が癒えるのには本当に時間がかかります。

『私の身体を生きる』(文藝春秋)で鳥飼さんは自身の父親についても書いている

 だからこの本は、結婚という関係だけでなく、親子関係など、閉じた家の中で苦しい思いをしている人にも届けたいという気持ちがあります。

当たり前を疑う気持ちが、いつか世の中を変えていく

 唐突に聞こえるかもしれませんが、女性の容姿の優劣をジャッジする美人コンテストというものが、昔は当たり前のようにありましたよね。テレビでハイレグ水着を着た女性がズラッと並ぶ光景は珍しくなかった。でも今では批判され、ほとんど見られなくなりました。私の父はミスコンが大好きで、その存在自体を真剣に批判する母のことを「ヒステリーの行き過ぎたイカれ女」だと一蹴していた。でも、時代は変わり、母が言っていたことの方がもはや時代に追いついた。

 私はずっと、男性たちが当たり前に見ているAV文化に、母がミスコンに抱いていたのと同じ気持ちを持っています。「(自分の息子や夫を含む)男とはAVを見るものだ」という常識が根強くある一方で、私の「嫌だ」という気持ちは変わらない。そんな私は今のところ、かつての父が見た母と同じ「行き過ぎたイカれ女」なのでしょう。でも、ある人に「いつかAVが、今のようには当たり前じゃなくなる世の中が来るかもしれないですよ」と言われたのです。あんなに(ちまた)に溢れていたミスコンが、私たちの暮らしから遠ざかったように。

 そのとき、当たり前だと思っていたことが、やっぱり変だ、という気持ちを捨てずに持ち続ける限り、世の中は変わっていく可能性があるんだと思えたんですね。だから、もしいま、何か「これって変だぞ」と感じているなら、その気持ちを無理に潰さないでほしい。それは隣にいるパートナーとの関係そのものかもしれないし、もっと大きな社会の制度や文化かもしれない、その二つはもしかしたらつながっているかもしれない。その違和感をぜひ大切にしてほしいです。

 それからこの本は男性にもぜひ読んでもらいたいですね。自分を大切にし、当たり前を疑うための、小さなきっかけになることを願っています。

著者プロフィール:鳥飼茜(とりかい・あかね)
1981年生まれ、大阪府出身。漫画家。京都市立芸術大学卒業。2004年、「別冊フレンドDX Juliet」(講談社)でデビュー。『おんなのいえ』(講談社)、『サターンリターン』(小学館)、『先生の白い嘘』(講談社)、『地獄のガールフレンド』(祥伝社)など。『バッドベイビーは泣かない』を「週刊モーニング」(講談社)で連載中。エッセイ集に『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)がある。

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