結婚して変えた苗字は、離婚時に旧姓に戻すかそのまま称するかを選ぶ。離婚後2ヶ月以降は苗字を変更することができないため、家庭裁判所にその旨を申し立て、裁判官による審理を受けなければならないーー再々婚を目前として、旧姓に戻そうと審判確定証明書を携えて区役所に行った。そこで告げられたのは、「今日から法律が変わりました」。

 今年、衆議院法務委員会で28年ぶりに選択的夫婦別姓の審議がされた。姓に翻弄される著者の、渾身のロングエッセイ。

(これは文學界8月号に掲載された本文の、短縮版です)

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文學界8月号

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 選択的夫婦別姓。

 結婚して苗字を一緒にしてもしなくてもいい。こんなに八方丸く全員得なルールを、始めるか始めないか議論されてから、どのくらいの月日が経っただろうか。

 私自身、結婚と離婚を2回し、その2回とも苗字を夫のものに変えた経緯があるので、いま現在結婚したい人が選べるのが、カップルのどちらかに苗字を統一する法律婚と、苗字を別々のまま夫婦と自称する事実婚のどちらかしかないことは当然目の当たりにしてきた。

 これから私が始めたいのは、選択的夫婦別姓を積極的に論じるとか余裕のある話ではなく、この数日に起こった眩暈のしそうな理不尽と、そこから導くしかなかった世にも奇怪な私の人生の選択について、です。 

鳥飼茜さん

世にも珍しい姓から、結婚して「一般的な苗字」に

 今一度自分の状況を説明させて欲しい。

 私は漫画家でペンネームを鳥飼茜、と言います。この名前は頭から尻までいわば偽名であり、漫画家になるまでは本名Hという、世にも珍しい姓を名乗っていた。

 このHという漢字そのものを殆どの人は目にしたことすらないであろうし、読み方に至ってはとっかかり0%の難読文字である。

(初見の国語教師が挑戦しては無惨に敗北する姿を何度も見た)

 例えていうなら「爨」という字をなんと読むか、と似た程度の難しさだと思ってほしい。

 2008年、27才の年に1度目の結婚をし、本名のHから、Oといういわゆる「一般的な苗字」になった。

 イメージで言うと、先ほど例に出した「爨さん」から「杉山さん」になったくらいの変身ぶりだと思ってもらいたい。

 世界的にみても日本で夫婦別姓が許されるのは時間の問題、と思われていたが、およそ20年前、20代の私は結婚相手の苗字に変わることへほのかな幸せのようなものを抱いていた、と思う。

 苗字がOになってすぐに子供ができ、2歳になる頃に離婚をした。

 特に揉めたりいがみ合って別れたのでないことと、O姓である子供との繋がりやこれまでの便利さを考えると、ここで本名のHに戻す選択肢は無かった。そもそも、結婚して姓をHからOにした時の手続きの煩雑さは異常だった。

 国民健康保険、年金、パスポート銀行口座クレジットカード各種団体保険ほか……苦労して変えたものを一から全部戻して行くなんてなに時代の罰だよ、と思っていた。

 かくして離婚後も結婚時のOの姓を名乗っていた私だったが、2018年に再婚の運びとなった。

 その当時、少し話題になりつつあった事実婚というものが頭を掠めないでは無かった。が、相手が結婚を求めた理由が遺産にまつわるものだったこともあり、事実婚ではカバーできない事案を懸念して、再び法律のもとの結婚を決めたのだった。