結婚して変えた苗字は、離婚時に旧姓に戻すかそのまま称するかを選ぶ。離婚後2ヶ月以降は苗字を変更することができないため、家庭裁判所にその旨を申し立て、裁判官による審理を受けなければならないーー再々婚を目前として、旧姓に戻そうと審判確定証明書を携えて区役所に行った。そこで告げられたのは、「今日から法律が変わりました」。

 今年、衆議院法務委員会で28年ぶりに選択的夫婦別姓の審議がされた。姓に翻弄される著者の、渾身のロングエッセイ。

(これは文學界8月号に掲載された本文の、短縮版です)

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文學界8月号

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今日から法律変わりましたって、なんやねん。

 ほんとは、色々考えて結局あなたの苗字になろうかと思う、と言うつもりだった。

 用意してたのは、なかなか甘い言葉だった。

 なのに口をついて出るのは、誰にともつかない、怒りだった。

 また私は、同じ線路に乗せられているやん。なぜあなたはそれを止めようとしてくれないのか。

 結婚して苗字を変えるなら、俺に出来ることはなんでも手伝うよって言うけど、俺に出来ることってなんやねん。結婚する時も離婚した時も、必死に走り回って区役所で泣いているのは私だけやねん。こんな珍事に泣いたり笑ったり、くだらないわちゃわちゃを繰り広げてるなんて、夫だった人たちは知る由もなく、こんな法律のマイナーチェンジに煩わされることもなく、てかそもそも名義変更とかいうクソめんどいオプションが存在しない世界を今日も縦横無尽、自由に生きてはるねん。

 それが、男の人にとっての、結婚でしょう。国の法律に、ガチガチに守られた結婚でしょうが。

 今日から法律変わりましたって、なんやねん。

 そんなマイナーチェンジをする前に、もう20年くらい目の前にぶら下げてる選択的夫婦別姓を許可してくれ。法律を変えるならそっちを先にやってくれ。今日法律が変わったせいで、また私は、自分が夫の苗字になる方が楽やと思わされた、そうかそういうこと?! これが国の魂胆ならすごい! あっぱれ!!

 完全に異常者の様相で、私はこれらの暴言を吐きながら、灰色の空の下、まっ赤な滑り台の上で膝を抱えて号泣していた。

 もう、私は嫌なんやと思った。

 法律や国なんていう大きすぎる壁は、歯向かうよりは後ろ盾にする方が絶対楽で得で、そのために、男の人の傘下に入ること、自分も女としてそれを望んできたと、そう自分に思い込ませ、それを相手の男性に、これこそが私の幸せで、希望なんです、と甘い言葉でつたえること。

 私は40過ぎて、2回も結婚を失敗して、やっとそれがもう嫌なんやと、心が拒絶したんやと、法律が少しだけ変わったその日、思い知った。

 事実婚か、法律婚か。自分の中ではなかなか決着がつかないでいた。

 法律婚は考えれば考えるほど、女性の自分が自分らしくあることの妨げになる可能性を孕んでいると思えてしまう。自分らしくありながら、誰かと生きていく約束をするなら、法律婚を諦め一部の制度を受けられないことくらい我慢すべきなのか。

 自分を捻じ曲げたくない、自分らしくありたい、という切望は自分の中でこれまでになく高まっていた。どちらにせよ、いま現在の苗字の変更を済ませることが小さいながらも唯一の一歩だった。