法律には老賢人のようなスタンスでいてほしい
これまでの結婚や法律を敵のように感じている癖に、それでもまだ法律に守られて結婚がしたいのだ。ほんとに懲りない奴だ。だから今度こそは、私は私らしさを譲り渡してはいけなかった。自分らしさを譲り渡す恐ろしさを知ったから、相手にそれをさせることもしてはいけなかった。
結婚したり、付き合っていくためには、もちろん相手に合わせる部分が必要だ。
2人がおんなじだけ好きなように生きていては、関係性は続けられない。
だからやっぱり、どちらもが今相手の方が譲りすぎてないかと、いつも気にしないといけないんである。
気にされるの待ちでもだめで、しっかり怖がらずに「そっちももう少し譲ってね」と申し立てないといけない。申し立てられた方は絶対これを無視したらだめで、間違っても「自分の方が譲ってる!」と顔を赤くして申し立て却下などしてはいけない。
苗字を変えても上手くやっている2人はきっとそれができている。私からみたら、人間関係超上級者だ。
私みたいな下手っぴにとって、法律が姓を変えるという自分譲りを奨励してくるのは、結婚の初っ端から2人の関係性にわざわざヒビを入れてくるようで、だいぶ腹立たしいものなのだ。
苗字を変えずにアンタがたの生まれたままでええ、2人が自分らしいまま家族になったらええ、と、法律にはもっとこう堂々と寛容な、老賢人のようなスタンスでいてほしい。ぜひ早々に別姓婚を成立させ、装いも新たにもっと対等なスタートを切らせてくれ、と思う。
そういうわけで、いま手にしているこれは、なんと完璧な折衷的妥当案であろう。もちろん私一人で辿り着いたアイデアではないことも忘れていません、と心の中で金原さんに手刀を切る。
もっとも、姓を変えることになる彼氏本人が賛成確実とも限らないが、きっと話し合って理解しようとしてくれるだろう。
合意に至った場合に唯一彼氏が不利益を被るなら、それは離婚した後に自分の苗字に戻す手続きが待っていることだけだ。
離婚しなければ良いし、最悪そうなった時のために私からできるアドバイスは有る。
印鑑を、今のうちに下の名前に変えておくことだ。
気を取り直して名案に気を良くした私は、ようやく順番が来た青信号で自宅方面に車を走らせた。