刑務所と少年院、決定的な違い
なぜ、実刑を受けた者と少年院に送致された者でこれほどの差が生まれたのか。山﨑氏は両者の根本的な違いを指摘する。
「刑務所は刑罰を執行する機関です。裁判で下された判決を実行するための、いわゆる『懲らしめ』の施設なのです」
刑務官の指示に従って刑務作業をひたすらこなし、決められたスケジュール通りに日々が過ぎていく。その中には、事件と向き合うような機会やプログラムがない。模範囚であれば早く出られるが、規律を乱せば満期まで入らざるを得ない。
対して少年院は教育機関だ。特にFが入った有明高原寮は塀のない少年院として知られ、脱走しようとすればできるが、ほとんどそういった事故は起きていない。
「むしろ、子どもたち一人ひとりと向き合い、なぜ事件を起こしたのかを親子関係も含めて根本から見つめ直させます。職員との共感と信頼関係の中で、自分に何が足りなかったのか、今後どう生きるべきかを学んでいくのです」
「償い」とは何か
25年の取材を通して、山﨑氏が感じたこと。それは「『償いとは一体何なのか』という問いへの答えは、誰も出せていません」ということだった。
加害者たちは償っていないし、償おうともがいてはいるが、その答えを見出せていない。Cのように「生きるだけで精一杯」と開き直る者もいれば、再び事件を起こす者もいる。
「彼らが経験した刑務所の実情を考えれば、そう思ってしまうのも仕方がない面はあります。しかし、ではそのような人間を再生産している社会とは一体何なのでしょうか」
山﨑氏自身も、はっきりとした答えは持っていない。だが、だからこそ本のタイトルを『償い』とした。「逆説的ですが、彼らは償っておらず、また償いが何なのかも分かっていない。だからこそ、このタイトルによって『償いとは何か』を読者にも考えてもらえると思いました」
償いに「正解」はない。しかし、「答えを出す努力を続けなければいけない。それが加害者の背負ったものだと思います」と山﨑氏は語った。

