会場に「アンチ前田」コールが響き渡った
当時のAKB48を仕事で追い続けていたテレビ関係者は「前田さんは選抜総選挙の犠牲者でした」と明かす。
「前田さんは、ダンスや歌唱能力が他メンバーと比較して突出しているわけではなく『運営が無理に推している』と感じているファンも少なくなかった。そんな時に総選挙があり、アンチの悪意を知って苦悩を抱えるようになっていったように見えます。
当時、内気な性格だった前田さんは、取材しても心ここにあらずな雰囲気で、対応が悪いアイドルとして良く思っていないマスコミ関係者もいました。そういった空気を感じ取ってか、心の底から楽しそうに活動している前田さんはあまり見られませんでした。心を閉ざしていた風に見え、人気の割にメディアで好意的に取り上げられることが少なかったんです」
例えば、第1回選抜総選挙。第3位までが発表され、残されたメンバーが前田と大島優子という中、観客から「前田! 前田!」とコールが起きる。要は、2位が前田、1位は大島が良いというアンチによるコールである。その後、大島が2位と判明すると会場にはため息が。大島のスピーチと比較して、前田のスピーチへの反響も小さかった。
卒業直後に「スキャンダル」
2010年の第2回選抜総選挙では大島が前田を破り、グループを代表する名曲『ヘビーローテーション』を生み出した。このとき、前田は「少しだけホッとしている自分がいる」「私は1位という器ではないと思います」と述べている。
2011年の第3回選抜総選挙で、前田は見事に1位へ返り咲きを果たす。この時の会場は異様なムードに包まれ、アンチの敵意を察知した前田は、涙ながらに「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」と歴史に残る名言を発している。
一人の少女がアンチに追い詰められた挙げ句、絞り出した言葉だと考えるとなんとも切ない。令和の時代では考えられない過酷な環境で、前田はトップアイドルとして活動していたことが良く分かる。国民的な人気を得ながらも逆風に向かい続けてきた前田は、まだAKB48が全盛期だった2012年にグループを卒業した。
しかしグループ在籍時からのうっぷんが限界に達したのか、いきなりスキャンダルを起こす。

