『ブラック・スノウ』(ジェームズ・M・スコット 著)

「日本本土への焼夷弾爆撃は、原爆というあまりにも巨大な出来事の陰に隠れ、戦争史の中で軽く扱われがちだった。広島や長崎のことは誰もが知っている。しかし、建物や都市への被害という点に限って言えば、焼夷弾による空襲のほうが、さまざまな意味で、はるかに破壊的だった。こうした歴史的な軽視を是正したい、という思いもあって、書くことにした」

 こう語るのは『ブラック・スノウ 東京大空襲と原爆投下への道』の著者であるジェームズ・M・スコット氏である。さらに「アメリカの多くの戦争史は、アメリカ側の視点だけで語られてきた。日本の市民が経験した現実を加え、焼夷弾爆撃の人間的犠牲をアメリカの読者に伝えたかった」と執筆の動機を語る。

 東京をはじめとする日本の都市に対して、指揮官カーティス・ルメイによる焼夷弾爆撃は159日間にわたって続いた。その一連の作戦によって、日本の66の都市が破壊され、焼き尽くされた市街地の面積は東京23区の大半に匹敵する約460平方キロメートルに及ぶ。

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「アメリカの側から見ると焼夷弾空襲は、原爆に伴うであろう大規模な人命被害に対して、心理的ハードルを下げるために重要だった。その結果、アメリカ国民は原爆投下を強烈な文化的ショックとしては受け止めなかった。焼夷弾空襲が原爆攻撃への道をならした」

 スコット氏は、多くの人はこの二つを別々の作戦だと言おうとするが、実際には多くの点で一つの流れで、東京から始まり、広島へと積み重なっていく。さまざまな意味で、どちらか一方だけでは成り立たないと断言する。

 大空襲の生存者にも複数インタビューしたが、中でも『東京大空襲』の著者で東京大空襲・戦災資料センター名誉館長の早乙女勝元氏には長時間インタビューした。

「東京大空襲の生存者である早乙女勝元は先駆者だった。この問題は調査されるべきだ、体験談を集めなければならない、それらを体系的に整理する必要があると、最初に訴えたのが彼だった。だからこそ、彼は本当に“英雄的存在”だと言える」

 作戦立案者が照準点を置いていた地域の一つが、東京で人口密度が最も高い浅草であった。

〈浅草区の火災は火の粉を空へ吹き飛ばし、それが風に乗って隅田川を越え、早乙女勝元の住む向島区まで届いた。(中略)勝元は窓から差しこむまばゆい光に驚きながら、飛び起きた。(中略)階段を駆け下りると、玄関の外は大混乱の状態だった。頭上を爆撃機が爆音を立てて飛び、地面は爆発で揺れ、消防車のサイレンが甲高く鳴り響く〉

ジェームズ・M・スコットさん

 スコット氏は証言をもとに空襲のシーンを五感に訴える筆致で再現する。その凄惨な光景はビビッドに脳裏に浮かぶだろう。

 ルメイの肖像も読者に強い臨場感を与え、まるで実際に対峙しているかのような印象を受ける。

「彼は戦争を徹底して数値で捉える人物だった。彼にとって戦争とは、要するに数字のゲームだった」

 ルメイは死ぬまでその考えを変えることはなく、大空襲で大量の市民を殺したことに対して謝罪することも、悔恨を示すこともなかったという。

「現在、太平洋地域では中国、日本、アメリカの間に強い緊張があり、再び同じ悲劇が起きかねない。だからこそ、この歴史の悲惨さを理解し、二度と繰り返さないという決意を持ってほしい」

James M. Scott/アメリカの軍事史家、ノンフィクション作家。シタデル陸軍大学客員研究員。本書(2022)を含めてアジア・太平洋戦争に関する著書が4冊あり、1942年4月のドゥーリトル東京初空襲を描いた『Target Tokyo』(2015)は、ピュリッツァー賞最終候補となった。

ブラック・スノウ――東京大空襲と原爆投下への道

ジェームズ・M・スコット ,染田屋茂

みすず書房

2025年12月18日 発売