昭和史
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腐った肉を自分で切り取り、アブラ虫、みみず、山ヒルも食う…「気力も絶望もないですね。単に、生きておる、というだけですね」ダイエー創業者中内㓛が戦時中に体験していた“極限状態”の実情
『戦中派 死の淵に立たされた青春とその後』より #2 -
「気持ちは高ぶっていたが、心の中では戦争というものを呪っていた」「あの頃を思い出すのは、もう嫌だ」…生きて帰れないと悟った特攻隊員たちがそろって叫んだ“ある言葉”とは
『戦中派 死の淵に立たされた青春とその後』より #1 -
「それでも大きな病気にならなかった。人間って不思議ですね」“赤いおにぎり”の正体は…かつて「ひめゆり学徒」だった女性が明かす、不衛生なモノばかり食べた『沖縄戦の記憶』
『ひめゆり学徒だった山内祐子さんが沖縄の高校生に伝えたこと』 #3 -
「死ぬ前においしい水を飲んで死にたい」最後は誰かにしがみつくような姿で…かつて「ひめゆり学徒」だった女性が今も忘れられない『ある兵士との別れ』
『ひめゆり学徒だった山内祐子さんが沖縄の高校生に伝えたこと』 #2 -
「おなかすいたよ、ひもじいよ」空腹な兵士から銃でおどされたことも…かつて「ひめゆり学徒」だった女性が見た『沖縄戦の悲惨な光景』
『ひめゆり学徒だった山内祐子さんが沖縄の高校生に伝えたこと』 #1
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