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ボクシング“山根節”で考える、ワンマン上司の「傾向」と「対策」

臨床心理士が分析する

2018/08/13

変化に合わせて変わることが難しいリーダー

 こういうタイプのリーダー、あなたの会社や組織にいないだろうか?

 リーダーシップで捉えるなら、このようなタイプは伝統的リーダーに入るだろう。アクティブでリーダーの資質や能力で組織を引っ張るトップ牽引型。

 自分と似たような人たちと働き、同じ文化や価値観を共有している人たちと関係性を強くしがちだが、もともと日本ボクシング連盟には、このタイプのリーダーを受け入れ、それを良しとする土壌があったといえる。組織もまた、上に立ち、まとめてくれるリーダーを必要としたのだ。同じゴールを目指している間は、このタイプのリーダーが機能する。だが今や世界はどこも変化とスピードの時代。周りはどんどん変わっていくのに、このタイプのリーダーは変化に合わせて変わることが難しい。

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妻に口元を押さえられながら自宅へ戻る山根氏 ©共同通信社

 それを薄々、自分でも気付いているから、これまでのやり方をパワーアップ、地位や権力にしがみついてしまいやすい。美学や信念がいつの間にか置き去りになり、言っていることとやっていることがチグハグになってくる。

 このタイプ、組織に対する愛着が強く、自分の価値観や目標を組織の価値や目標と一致させ、自分と組織を同一視するという組織コミットメントがとても高いから、チグハグさに気が付いていても、簡単には後に引かない。自分を正当化しているため、正面切って説得しようとすればそれだけ意固地になる。無理に引き離そうとすれば抵抗を強めるだけだ。臨時理事会で退任を迫った理事が出した辞任届を、山根氏がその場で破り捨てたという話は、そのいい例だろう。

 だが、もとは「組織のため」という意識が強く、それが生き甲斐だから、情に訴えてその自尊心をうまくくすぐれば、聞く耳を持ってくれる。とはいえ素直に「自分のせい」、「自分が悪い」と認めることはできない。何せ自分は組織にとって一番の功労者、実力者、カリスマなのだから、悪いことなどやっていないという思考パターンが頭の中にでき上がっている。だから反社会勢力との交際を、何のためらいもなく話してしまう。このタイプが陥りやすい美学のジレンマである。

 追い込むより、感情的に納得できる花道ならぬ逃げ道を作ってあげることが重要でもある。身を引くにしても、自己愛が強いからこそ、人のため、組織のためにという理由付けが必要になるのだ。そこがうまくいかないと、後々まで禍根を残すことになる。

©iStock.com

肩書きは自分や仕事に対する自負

「その当時から“無冠の帝王”という名刺を刷って、世界に“無冠の帝王”の名刺を差し出して生きてるんですから、だから肩書きはどうでもいいですから」

 役職について聞かれた時の山根氏のコメントだ。

「どうでもいい」と言う時ほど、人はそれを重要視している。まして権力を握り、頂点に立ったこのタイプにとって、肩書きがなくなるのは、裸にされるのも同然。肩書きは自分や仕事に対する自負であり、歴史であり証明。“無冠の帝王”と言ったところに、引きずりおろされたという感覚が強くにじみ出ているようだ。辞任表明で告発側になったという33の都道府県に「感謝申し上げます」と言ったのは、彼なりに屈しないという気持ちの表れかもしれない。

 できるなら山根氏の美学を体現する、美しく潔い引き際を思う存分、あの辞任表明で見せてもらいたかったのだが……。

 あっそうか、まだ引き際ではなかったんだ。

 どんな人でも引き際は難しい。ましてワンマンなトップで伝統的なリーダーであれば尚更だ。引き際を間違えると、これまで積み重ねてきたすべてを失ってしまう。組織にとっても、イメージダウンにつながる。老害にならぬうちにどのように身を引くか、身を引かせるか。リーダーだけでなく、組織のあり方が問われている。

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