1964年8月24日の深夜、人気俳優・高島忠夫と宝塚歌劇団出身の妻・寿美花代が暮らす東京都世田谷区の自宅で、生後5ヶ月の長男が浴槽で溺死しているのが発見された。
当初は強盗による犯行と思われたが、捜査が進むにつれて浮かび上がったのは、信頼していた身内による衝撃的な真実だった。
バスタブに沈んでいたのは…
事件は午前2時頃、住み込みの17歳の家政婦が「道夫ちゃんの姿が見えない」と騒ぎ始めたことで発覚した。家政婦は「変な物音を聞いた」「窓の外に不審な男がいた」と証言し、室内が荒らされていたことから、夫妻は強盗による誘拐と判断。必死に探し回った結果、寿美が風呂場のバスタブの蓋を開けて沈んでいる愛息を発見した。
しかし警視庁の捜査により、家政婦の証言には多くの矛盾があることが判明する。不審人物を見た者は他におらず、普段なら必ず吠える飼い犬も反応していなかった。決定的だったのは、毎日の習慣でバスタブの水を抜くはずの当日に限って、水がそのままになっていたことだった。
追及の結果、家政婦が犯行を自供。動機は身勝手な嫉妬だった。新潟県佐渡島出身で集団就職で上京した彼女は、憧れの寿美の大ファンとして高島家に住み込みで働いていた。
当初は夫妻に可愛がられ、高島の付き人も務めるほど信頼されていたが、新たに雇われた看護師への嫉妬心が爆発。「道夫ちゃんがいなくなったら、世話係の看護師も高島家にいる理由がなくなり解雇される。そうすれば夫妻は再び自分を頼って、前のように可愛がってくれる」と思い込み、凶行に及んだ。
事件は高島夫妻に深刻なトラウマを残した。寿美は「私が一緒に寝ていれば、あんな悲劇は起きなかったのに」と自分を責め続け、以後お風呂はシャワーしか浴びられなくなったという。2013年放送のドキュメント番組では、事件から49年が経過してもなお、長男の殺害が大きなトラウマになっていることが明かされた。
恩義ある雇い主を裏切り、罪のない生後5ヶ月の赤ん坊を手にかけた恐るべき犯人とは、他でもない信頼していた17歳の家政婦だった。
「高島さんに詫びる気持ちは生涯変わりません。(命日には)道夫ちゃんの写真の前に花やお菓子を添えて深くお詫びしています。これだけは一生欠かしません。道夫ちゃん、高島さん、奥さま、本当にごめんなさい」
出所後、家政婦はこのように語ったという。
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出所後、17歳の家政婦は結婚、子供を授かり…この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
