「不屈」は、共産党副委員長などを務めた瀬長亀次郎元衆院議員が好んだ言葉だという。2015年5月3日付東京新聞は、亡くなった金井さんが「不屈」の船長になるに至った経緯を特集し、次のような言葉を紹介している。

〈名前に「号」も「丸」も付けなかった。「海上保安庁がこちらを呼ぶ時『不屈の皆さん』と言わせたかった」〉

亡くなった「不屈」船長の金井さん(あかみね政賢氏YouTubeチャンネルより)

 同じ記事によれば、抗議カヌーが工事現場周辺に設けられた立入禁止の「臨時制限区域」に侵入して海保に拘束された際、金井さんが「不屈」でその現場に急行。停船を要求した海保の船と衝突したこともあったという。そしてこんな記述も。

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〈時には自らも、臨時制限区域に入る。日米地位協定の実施に伴う刑事特別法(刑特法)で処罰される可能性もある〉

 前出の安里組合長が言う。

「彼らがどれくらい辺野古の海に詳しいかは知りません。我々としては、反対活動は自由にやってもらっていいし、喧嘩するつもりもない。ただ、『海上ではやるな』と。それだけです」

 金井さんはそもそも沖縄県ではなく北海道岩内町の出身だ。

「早稲田大を経て日本キリスト教団富士見町教会(東京)の副牧師などを務めた。辺野古の抗議活動に参加するようになったのがきっかけで沖縄に縁ができた。06年からは、沖縄県南城市の日本キリスト教団佐敷教会で牧師をしていました」(金井さんの知人)

同志社国際高校との接点は?

 金井さんは24年、衆院沖縄一区に共産党から出馬した赤嶺政賢氏に応援メッセージを寄せている。

「金井氏は平和教育にも人一倍熱心で、19年にはコーディネーターとして参画した平和学習の取り組みが沖縄県の『第1回ちゅらうちなー草の根平和貢献賞』を受賞。表彰式では玉城デニー知事と写真撮影をしています」(同前)

 今回事故に巻き込まれた同志社国際高校との接点はどのように生まれたのか。

《この続きでは、●「1日も早く…」転覆船長は共産党候補者だった、●漁協トップは「近寄らない海」、団体幹部5人を直撃など反基地団体の正体について詳しく報じている。記事の全文は現在配信中の「週刊文春 電子版」で読むことできる》

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