「自分のパーソナルな部分を削りながら」
《麻理と小森に体を貸しているという感覚だったので、演じ分けが大変だとは感じませんでした。その日の撮影を終えて自分の中から2人がいなくなった瞬間、私自身も消えるような感覚を覚えたし、まさに麻理漬けの日々でした。でも、こういう自分のパーソナルな部分を削りながら演じる役は好きですね》(『anan』2017年11月1日号)
「麻理と小森に体を貸しているという感覚」との言葉からは、役に対する独特の距離感がうかがえる。役に入り込みながらも客観的に捉えているということだろう。
池田は同様のことを、ドラマ『DORONJO/ドロンジョ』(2022年、WOWOW)で主演したときにも語っている。このドラマは、1970年代の人気アニメ『ヤッターマン』からヒール役のドロンジョを主人公に据え、令和の現代を舞台にリメイクしたものだ。池田演じるドロンジョは、本名を泥川七音といい、理不尽さの渦巻く絶望的な世界で挫けそうになりながらも立ち上がる。
《自分自身のエゴは一切はさまず、これまで培ってきたものも全部捨てて、七音のやりたいようにやらせてあげようと思いました。(中略)それは、撮影時はただ七音に体を貸すという考え方で臨んだからなんです。逆に、そうしないと私もしんどかったのかもしれないです。七音の心が死んだ状態になっている時期も、私自身が引っ張られすぎないよう、この先で希望に向かっていくということを忘れないようにしました》(『サンデー毎日』2022年10月9日号)
思えば、俳優は、劇中で心を傷つけられる役を演じることも多く、私たちが想像する以上にメンタルに負担がかかる職業だ。自分を消して役に体を貸すという気持ちで演技に臨むことは、池田なりの自己防衛策ともいえるし、役と自身との絶妙なバランスの取り方ともいえそうだ。(つづく)
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