ナチスドイツも食指を伸ばしたグリーンランド

 力に基づく安全保障政策を追求するのであれば、トランプ氏の政策には明快な整合性があります。グリーンランドの戦略的重要性は明らかで、ナチスドイツは北米攻撃を念頭に、グリーンランドに食指を伸ばしましたし、冷戦期にはアメリカの大陸間弾道ミサイルがソ連に向けて並んでいました。ベネズエラを見ると、中国が天然資源の権益を握り、ロシアの軍事顧問団が駐留し、イランがドローンを開発していました。2026年2月に始まったイラン攻撃にしても、一度イランが核兵器を持てば、中東の安全保障環境は永遠に変わってしまうことへの恐怖が、最終的な動機でしょう。先ほどのたとえを続けるのであれば、警官が反グレ集団に後ろから近寄り、いきなり射殺しているということですが、これが力の支配する世界です。

 アメリカがマドゥロ大統領を拘束し、イランを攻撃した後、中国とロシアは事実上の同盟国を立て続けに失いましたが、実質的な対抗措置をとっていません。アメリカが中露と同じように、好き勝手に振る舞い出したことに、対応しきれていないように見えます。

壮大な実験「新自由主義」の失敗

 ここで簡単に歴史を振り返ると、第二次世界大戦後、アメリカは覇権国としては異例なことに「他国を豊かにして仲間を作り、世界を安定させる」というシステムをつくりました。アメリカは日本や欧州に対して、最初は繊維、それから鉄鋼や造船など付加価値が高くないと考える製造業を譲ることで、日欧を豊かにしてくれたのです。

 そして東西冷戦終結後、1990年代以降に新しい世界秩序として受け入れられるようになったのが「新自由主義的な世界観」です。二つの世界大戦と冷戦が終わり、アメリカは国家間の対立の時代が終わったと考えました。そして国家という枠組みを超え、世界をひとつの市場としてとらえ、「ヒト・モノ・カネ」の流れを自由化することで経済効率を高めようとする壮大な実験を開始したのです。

齋藤ジン(さいとう・じん) 在ワシントンのコンサルティング会社共同経営者。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士。投資関連コンサルティング業務を営む米国のG7グループなどを経て、2007年、オブザーバトリー・グループを米国で共同設立。ヘッジファンドを含むグローバルな機関投資家に対して、各国政府の経済政策分析に関するコンサルティングを提供。

 世界がひとつだとすれば、アメリカのピッツバーグだろうと、中国の上海だろうと、工業製品はどこでつくっても同じなので、コストが最も安いところでつくれば、世界全体が豊かになります。

 ところが、世界はひとつという基本前提そのものが幻想でした。一般のアメリカ人にとって、ピッツバーグの雇用破壊と上海の雇用創造は別の話だからです。そんな当たり前のことに気づかないフリをし続けた新自由主義者に対し、反乱の狼煙を上げたのがトランプ氏でした。

 また経済の骨や筋肉に相当する製造業を、価値観を共有していない中国に委ねたことで、アメリカは国家の存立を左右する工業製品を自国内でつくれなくなりました。イメージで言うと、SF映画に出てくる、溶液の入った水槽にプカプカ浮かぶ脳だけのような国になってしまったので、喧嘩をしたくても身体がありません。

 一方で、中国は2001年にWTOに加盟してからわずか15年で「世界の工場」となり、自由貿易体制を利用して得た膨大な富を使って軍備を増強しました。しかもレアアース禁輸にあるように、「世界の工場」として中国はアメリカを脅迫するカードを手にしたのです。

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※1新自由主義…市場の自由な競争を最優先し、政府の規制や介入を最小限に抑える経済思想。民営化や減税、規制緩和を通じて経済の活性化を目指す。一方で、所得格差の拡大や社会保障の弱体化を招くという批判もあり、自由と公平のバランスが常に議論の的となる。

※2ヘッジファンド…富裕層や機関投資家から資金を集め、あらゆる手法を駆使して高い利益を狙う投資ファンド。相場の下落局面でも利益を出せるよう「ヘッジ(リスク回避)」の戦略をとる。デリバティブ取引なども活用し、市場のわずかな歪みを突くプロの運用集団である。

次の記事に続く 「トランプはいつもビビって腰砕け」だから怖くない…不確実性が高まる現代に“勝ち筋”となるのは、あの“ニッポン企業”だった!