「とにかく規制を全て取っ払え」…呉越同舟のもうひとつの勢力とは
もうひとつは、イーロン・マスクなどのように「とにかく規制を全て取っ払え」と主張するテクノリバタリアン※2です。彼らはゼロからイチを生み出せるのはアメリカだけなので、政府規制から解き放たれれば、新しい技術で世界を圧倒することができる、それが「アメリカを再び偉大に」することだと考えています。
両者共に強い破壊衝動に駆られているので、リスクは破壊の連鎖に陥ることですが、その時、「炭鉱のカナリア」のように警告を出す存在が、スコット・ベッセント財務長官です。たとえば行き過ぎたトランプ関税によって市場が混乱に陥りそうになった際、ベッセント氏はトランプ氏に現実的な解決策を提示することで信頼されています。
トランプ氏は政策をコロコロ変えることから、投資の世界では「TACO(“Trump Always Chickens Out”)」、意訳すると「トランプはいつもビビって腰砕け」と揶揄されます。しかし、TACOだからこそ、行き過ぎたら平気な顔をして軌道修正することができるのです。既存システムを壊す時、一番怖い破壊者は毛沢東のように、人が死のうが、経済が壊滅的な状況になろうが、方針を変更しない指導者です。
ドル防衛の切り札「ジーニアス法」
新自由主義でグローバルに広げたヒトとモノの流れを閉じるとなると、カネの流れがどうなるのでしょうか。ドルや米国債への信頼は大丈夫なのでしょうか。アメリカの財政赤字は、コロナ禍の前に比べ、毎年一兆ドル以上増えています。
これはトランプ2.0という壮大な実験のアキレス腱ですが、ベッセント氏がそれを認識している証左は、仮想通貨ステーブルコイン※3の普及を目指す「ジーニアス法」を昨年に成立させた事実です。たとえば、アメリカに出稼ぎに来た海外労働者が銀行口座を持っていない場合、本国への送金には巨額の手数料を取られますが、ステーブルコインを使えばタダ同然です。ステーブルコインは民間企業が発行しますが、一対一の比率で米ドルか米国短期債を裏付け資産として持つことが義務付けられています。つまりステーブルコインを普及させることで、新たなドル需要を世界中に作り出す戦略なのです。
勝ち筋は「関税要塞」に入ること
一方、アメリカが関税や産業政策によって、製造業を国内に戻そうとしても、話はそう簡単ではありません。アメリカの製造業はあまりに空洞化してしまったので、サプライチェーンを再構築するのであれば、製造業を持つ同盟国と一緒にやるしかないのです。しかしアメリカが中国製品の代わりに、日本や韓国の製品を買うだけであれば、安全保障面での改善はあっても、国内雇用にはつながりません。そこで、トランプ氏は「アメリカで儲けたいなら、投資しろ」と言っているのです。これが5500億ドル(約80兆円〜85兆円)の対米投資合意の背景です。
今後の日本企業の勝ち筋となる道のひとつが、「トヨタモデル」です。かつてトヨタはネジの一本まで日本で作って輸出していましたが、自動車摩擦を経験し、アメリカに工場を作り、アメリカに雇用を生むことで、共存関係を構築しました。日本製鉄の橋本英二会長は、USスチールを買収することで、製造業の国内回帰に伴って拡大するアメリカの鉄需要をとろうと考えています。アメリカに投資した日本企業は「フォートレス・アメリカ(関税要塞に守られたアメリカ)」に入ることになり、中国との安値競争から守られた環境での収益機会を確保することで可能性が開けてきます。
では、新しい世界秩序のもとで日本経済はどうなるのでしょうか。一つのポイントは、長らく続いたデフレが終わった今、マクロ経済政策のミックスをデフレ対応から、インフレ対応に切り替えられるかどうかです。
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※1サプライチェーン…製品の原材料調達から製造、配送、販売を経て消費者に届くまでの「供給の連鎖」を指す。グローバル化により一箇所でも滞ると世界中で製品不足が起きる。近年は、この網をいかに安定させ、特定の国に依存しないようにするかが重大な課題。
※2テクノリバタリアン…テクノロジーによる個人の自由と革新を最優先し、政府の規制を嫌う思想を持つ人々。AIやブロックチェーンなどの技術で既存の社会システムを打破し、自由な未来を築こうとする。シリコンバレーの起業家らに多く、技術が社会を救うという信念が根底にある。
※3ステーブルコイン…米ドルなどの法定通貨と価値が連動するように設計された暗号資産のこと。価格変動が激しいビットコイン等と異なり、価値が安定しているため決済や送金に適している。デジタル経済における「安定した通貨」の役割を担い、利便性と信頼性の両立を目指す。



