「あんた、星が見えてないの!」と母親が驚く。
小学生のときから目に不調を感じていたアンドリューは、大学1年のときには夜空の星が見えなくなっていた。網膜色素変性症と診断され、これからだんだん視野が狭くなっていき、20年後か30年後には失明してしまうかもしれないと医師から告げられる。
それからアンドリューは、見える人と見えない人のあいだを生きていくことになる。この本はその30年にわたる記録だ。
世の中はまだまだ目の見える人に合わせて作られている。アンドリューはだんだん不便になっていく。30代前半で車の運転もあきらめた。この先、どうやって生きていったらいいのか。彼は懸命に模索する。本を読み、ネットで調べ、人に会い、話を聞き、自分で試してみる。歴史上の目の見えない人たちの人生に学び、自助グループに参加し、全米盲人連合の全国集会に参加する。白杖の訓練を受け、点字を学び、視覚障害者向けの新しいテクノロジーを取材する。
「世界初のタイプライターはじつは、目の見えない人のために設計されたものだ」ったというのには驚いた。目の見えない人のための発明が、目の見える人たちの世界も大きく変えてきた。「私たちの未来を形作るのは、目が見えない人や障害のある人が現在追求しているテクノロジーだ」とさえ言えそうだ。
テクノロジーの力で「障害が気づかれなくなる未来」を目指している人たちもいる。人工網膜によって視力を取り戻すだけでなく、紫外線や赤外線まで見えるようになる可能性もある。
一方で、それでは「障害の持つおもしろさ、力強さ、美しさ」がないものにされてしまうという考え方もある。「目が見えないことを、創造性と発明の才を刺激する特性と見なしている」人たちもいる。後期印象派の画家のセザンヌは、網膜疾患があったからこそ新しい芸術を生み出せたという説もあるそうだ。
生きづらさは、人を自然と哲学的にする。見えるとは何か? 生きるとは何か? 考えざるをえない。
これは決して他人事ではない。変化していく身体に対応していかなければならないのは、じつはみんなそうだ。老いということだけでも、どれほど大きな変化か。「自分を新たに作り直すという、つらくとも刺激的なプロセスから完全に逃れられる人などいないということだ」とアンドリューも書いている。
ただ彼は、徹底して考え、調べている。個人の体験や思いに加えて、膨大な調査結果が述べられているのが、この本の特色だ。書いてあることはもちろん、その姿勢がとても参考になる。原著はピューリッツァー賞メモワール部門の最終候補となり、NYタイムズやAmazonなどでベストブックに選ばれている。それも納得の充実した人生指南書だ。
Andrew Leland/『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』『ザ・ニューヨーカー』など、数々のメディアに多数寄稿。2003年より『ザ・ビリーバー』の編集者を務めている。妻とひとり息子とともにマサチューセッツ州西部に暮らす。
かしらぎひろき/文学紹介者。著書に『絶望名人カフカの人生論』(編訳)、『絶望読書』『自分疲れ』『痛いところから見えるもの』等。
