私がそう質問すると、父親は、「自分で購入した」と答えた。金額は約25万円だったという。それが高いのか安いのかさえもわからない。私は「介護保険を使えば、もっと安く買えたんじゃないの?」と聞き返したが、父親は「そうかな」と曖昧に答えたことを覚えている。

 ところが、このやりとりは、介護保険制度の知識が非常に乏しい者同士の会話だということが、後にわかる。詳しくは後述するが、介護保険サービスでは基本的にベッドは購入ではなくレンタルするものだ。

 さらに私は実家の中に、見たことのない手すりが複数設置されていることに気づいた。特にトイレの中に取り付けられた手すりは、天井と床の間に茶色い極太の突っ張り棒を固定しただけのもので、デザインも色も、自宅の雰囲気に合っていないため、異様な存在感があった。

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玄関やトイレに設置する手すり(ダスキンヘルスレントHPより)

「この手すりは何?」

 そう父親に聞くと、意外な答えが返ってきた。

「これは業者からレンタルしている」

 レンタルというワードに、思わず耳を疑った。詳しく話を聞くと、トイレの手すりは、月々430円超が銀行から引き落とされていたのだ。1年で約5200円かかる手すりを一生涯使うとなると、相当な額になる。この先、5年で約2万6000円、10年で約5万2000円と、センスの悪い手すりに料金を払い続けるのだ。簡易的な手すりならホームセンターで2000円程度から売っているのに、である。

 さらに驚いたのは、手すりは介護保険を使ってレンタルしているため、母親の場合は一割負担の額が約430円だったのだ。つまり定価は月に約4300円もするわけで、これでは業者がボロ儲けではないかと、介護保険の仕組みに不信感を覚えた。

「この手すりがあると、楽なの?」

 そう父親に聞くと、あっても無くても、あまり利便性に変わりはないと答え、「もう契約しちゃったから」と話した。

 どういう経緯で、この手すりを付けたのか、父親の説明は要領を得なかった。だが、必要のないものにレンタル料を払い続ける必要などない。私はその場で契約書を探し、業者へ解約の電話を入れるよう言った。すると業者は、「勝手に解約できないんですよ。ケアマネを通してもらわないと」と話す。

「ケアマネ?」

 介護の仕組みを理解していない私は、ケアマネ(ケアマネージャー)という職業があることは知っていたものの、それが手すりの契約と、どう関係があるのか、理解できなかった。

 数時間後、業者から連絡を受けたケアマネから自宅に電話が来た。父親が、「使っていないので解約をしたい」と伝えると、その後、業者が手すりを取り外しに来て、無事に契約は解除できた。

 母親に担当のケアマネがいたことを、私はこの時点で初めて知った。介護経験者にとっては当たり前の知識だと思われるが、担当のケアマネがいて、介護サービスを利用しているということは、母親は既に「要介護認定」されており、ケアマネとも契約を結んでいる。「要介護認定」とは、介護サービスを受ける前提となるものだ。そんなことも知らなかった私は、介護のイロハについて慌てて調べ始めたのだった。

 40歳から誰でも介護保険料を支払っている。そのため、私の知人は、介護が必要な時期になると「あなたには介護が必要だから早く手続きしてくださいと役所から手紙が来るものだと思っていた」と話した。私もその程度の認識だったが、実際は、役所からそのような通知が来るわけがない。介護サービスを必要とする場合は、自ら申告しないと何も始まらないのだ。それはつまり、介護に関する知識や情報がないと、本来受けられるはずの介護サービスを受けられないという状況を生むことを意味する。

《この続きでは、「ケアマネの選び方」「危ない施設の見分け方」「保険不正請求の現場」など介護の闇を詳しく報じている。この連載をまとめた書籍『実録ルポ 介護の裏』が好評発売中》

じんのひろのり/1973年生まれ。2006年から「週刊文春」記者。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)がある

次の記事に続く 要介護認定「判定結果に不公平感」の声…判定はブラックボックス 介護サービスにも影響する重要なランクのジャッジ