北九州監禁連続殺人事件の捜査終結から22年後、当時の捜査員たちが再び一堂に集まった。捜査に携わった者たちは、あの事件をどう振り返るのか――「気が狂いそうだった」という証言が、いまも消えない苦労の深さを物語っている。
北九州監禁連続殺人事件とは
1995年から2002年にかけて、福岡県北九州市のマンション内で発生した監禁・連続殺人事件。犯人の松永太(逮捕当時40歳)が内縁の妻・緒方純子(同40歳)と共に知人や緒方の親族などの同居相手に対して脅迫・虐待などを相次いで行い、最終的には自分の手を汚さず、マインドコントロールにより互いに互いを殺害させるように仕向けた。一連の犯行は7年に及び、犠牲者は7人にのぼった。02年に監禁されていた広田清美さん(仮名、当時17歳)が虐待から逃れ、祖父母に助けを求めて脱出したことで初めて事件が発覚し、11年に松永の死刑が確定。共犯の緒方も無期懲役が確定した。
「元気な者がおるうちに、やろう」と異例の集まり
2025年11月19日、福岡市内のホテルの中華料理店を借り切って開かれたのが「北九州事件慰労会」だ。参加したのは40代から70代の元・現役の福岡県警関係者20名。捜査終結から20年以上が経過してから外部会場で開催するという、きわめて異例の集まりだった。
参加者はその理由をこう語る。「当時の管理官も亡くなっているし、捜査員のなかでも亡くなる者が出始めました。その他にも、認知症で入院したりとか……。それで、元気な者がおるうちに、やろうということになったんです」。特捜として入った36名のうち、物故者が3名、病気や入院中が10名という現実が、時の経過を如実に示している。
宴席では、「気づいたら、捜査期間があんなに長くなっていて…」「狭い室内のなかでずっと続けて、気が狂いそうでしたから…」と、かつての苦労が次々と語られた。現場の捜査員は自分の担当以外の詳細を知らないため、互いの話に驚きと笑いが交錯し、午後3時半頃まで思い出話が尽きなかった。
この事件は、7名全員に対してすべて殺人事件として立件されたという点でも異例だった。遺体は解体・煮溶かされて痕跡を消されており、「死体無き殺人事件」での立証は困難を極めた。現場近くに住んでいたスナックのママは、取材にこう証言している。「深夜に1週間くらい、ギーコ、ギーコっち感じでノコギリみたいなのを挽く音が響きよったんよね。しばらくしてから、3階より上の階で肉が腐ったような臭いがするようになったの」。
逮捕から約半年後の2002年9月、捜査本部はようやく最初の殺人容疑での逮捕に踏み切り、以降7名全員を殺人事件として立件。03年6月の起訴をもって主要な捜査は終結した。その苦闘の記録が、22年越しの慰労会という場で初めて、語られ始めている。

