今年発覚から25年目となる北九州監禁連続殺人事件。現在「週刊文春」では、小野一光氏による連載「矜持 北九州監禁連続殺人 捜査本部の初告白」を掲載中。捜査の全容を知る特捜班長が、初めて捜査の全容を明かしている。

 日本中を震撼させた残虐事件の発覚当時、「週刊文春」は何を伝えたのか。(初出:「週刊文春」2002年3月21日号。年齢・肩書き等は当時のまま。当時、犯人の松永太・緒方純子の実名は明らかになっておらず、文中では松永は「ミヤザキ」、緒方は「モリ」と、2人が少女の祖父に名乗っていた名前で報じられている)

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「週刊文春」2002年3月21日号

 今月7日に明るみに出た「北九州17歳少女監禁事件」。逮捕された男女は身元を一切明かさず、4人の子供を養育していた背景も不明のままだ。しかし少女は、事件の詳細を祖父に語っていた。少女の父親は、小学生だった彼女の目の前で惨殺されていたのだ――。

 身元の全くわからない中年男女に7年間、監禁され、虐待を受け続けた17歳少女の保護――。

 名前すら言わない犯人の中年男女はなぜ、(かたくな)に黙秘を続けるのか?

 なぜ、父親は少女を置き去りにして突如、姿を消してしまったのか?

 そして少女はなぜ、2人の男女に虐待され続けたのか?

 この謎に満ちた事件の裏には、恐るべきショッキングな結末が隠されていた――。

「どうしたね? 何があった?」

「私は自分の心を人に見せられんことをしてしまった……。お父さんはもう、この世の中におらんき」

 少女は涙をこぼし、助けを求めた祖父の問いかけに、こう答えている。

 中年男女は単なる虐待者ではない。2人はまだ、幼かった少女を無理やり、凄惨な殺人現場の目撃者に仕立て上げた。そして、巧妙に脅し、暴力で沈黙と服従を長い間、強いてきたのである。

 少女が祖父に語ったこの事件の恐るべき真相のすべてを明らかにする――。

松永の死刑判決後、報道陣の質問に答えた少女の祖父 ©︎時事通信社

「おばあちゃん、おじいちゃん、助けて……」

 1月30日午前1時半。

「おばあちゃん、おじいちゃん、助けて……」

 祖父母の住むマンションに、長年、音沙汰のなかった少女がかけた短いSOS電話が、この残虐な事件発覚のきっかけとなった。だが、

「詳しいことは朝5時に話すから待っとって」

 と、すぐに電話が切れてしまい、当時は祖父母はさっぱり事情が分からなかったという。中年男女が少女らを監禁していたマンションは、北九州市小倉北区内に3カ所あった。少女の祖父母宅は、ここから約8キロ離れた門司区にあるが、少女は両親が離婚後(平成2年10月)1年間、ここで暮したことがあった。彼女は今でも祖父母宅の電話番号、住所ともしっかり記憶していたのだ。