武内晋一の残念なエラーと、見事なホームランと
子どもの頃から神宮球場に通い続けてきた。学生の頃には感じたことがなかったのに、社会人になり、三十路を過ぎ、不惑を迎えた頃から、僕は神宮球場においても、「あれが最後の瞬間に……」的感情に支配されることが増えてきた。季節は決まって秋だった。
日が短くなり、秋風が吹き、試合開始時にはすでに夕闇が支配する季節――。僕の頭に浮かぶのは、「この選手を来年も見ることができるだろうか?」という、得も言われぬ不安である。昨年の文春野球コラムでも書いたけれど、2016年シーズン、僕は背番号《7》《8》《9》《10》の「不安カルテット」と呼んでいた4選手の行く末を案じて、不安で仕方がなかった。背番号《7》は田中浩康、《8》は武内晋一、《9》は飯原誉士、そして背番号《10》が森岡良介だった。
この年のオフに、《7》の浩康は戦力外通告を受けてDeNAに移籍し、《10》の森岡は現役を引退した。僕にとっての「不安カルテット」は一気に、「不安コンビ」にスケールダウンする。そして、17年シーズンオフには、背番号《9》の「レッツゴー、ヤスゥシィ~」が戦力外通告を受けて、BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスに入団。「不安カルテット」は、「不安コンビ」から、ついにピンになってしまったのだ。だからこそ、かつての「不安カルテット」の唯一の生き残りにして、希望の星、それが武内だった。
今季、彼が初出場したのは8月31日、神宮球場での広島戦だった。定評のある一塁守備を買われて、守備固めでの出場。神宮球場のスタンドから久しぶりに見る背番号《8》に胸が躍った。7回を終えて5対1とリードしていた。このまま逃げ切りたい場面での守備固め。しかし、この大事な局面で武内はエラーをする。そして、この回に一挙3点を奪われて追い上げを許し、9回に同点、延長10回に逆転されて試合は決した。
(無様だな……)
武内がボールをはじいた瞬間、僕は自分でも驚くほど冷たい感情で、まるで知らない人を見るかのように、彼の一挙手一投足を見ていた。僕が、そう感じたのはボールをはじいたことにではなかった。はじいたボールをつかんだ後、彼は緩慢な動作で、すぐにベースタッチをしなかったのだ。一連の動きを見ていて、僕はもどかしかった。彼が置かれている現状を考えたら、がむしゃらにでもベースタッチに行ってほしかった。結果的にはセーフだったかもしれない。けれども、彼のプレーに必死さ、もっと言ってしまえば、「これが最後の打球処理になるかも知れない」という危機感が感じられなかったことが腹立たしかったのだ。
この日、敗戦を喫したまま、フラフラと代々木方面まで歩いて帰った。僕の頭の中には、負けた悔しさよりも、武内に対する腹立たしさの方が勝っていた。このとき、ふとあの小学生の頃に覚えた「負の感情」が一気によみがえってきたのだ。
(ひょっとしたら、これがユニフォーム姿の武内を見る最後になるかもしれない……)
「最後の姿」があんなエラーだとしたら悲しすぎる
あの武内の「最後の姿」が、あんなエラーだとしたら、あまりにも悲しすぎる。その日の酒はちっともおいしくなかった。……結局、僕の心配は杞憂に終わった。9月4日の中日戦では、9回に一挙6点を奪って、延長で大逆転勝利を飾るきっかけを作ったのは、武内の代打2ランホームランだった。僕はこのときも神宮球場にいた。
(あのエラーが最後にならなくてよかった……)
この日は大逆転勝利したこともそうだし、何よりも武内の放ったライトスタンドへの豪快な弾道が頭から離れず、何とも幸せな気持ちで帰途に就いた。まだまだ、僕は武内を見たい。かつての「不安カルテット」唯一の生き残りとして、もっともっと背番号《8》の雄姿を見たい。
そして、僕が武内の姿を見たのは9月16日の広島戦。代打で登場して三振した場面が、今のところの最後だ。くしくもこの日は、未来の大砲・村上宗隆のデビュー戦。この日、村上はプロ初打席で実に見事なホームランを放ち、評判に違わぬ逸材ぶりを見せつけた。期待の18歳の鮮烈なデビュー戦。それと対照的なプロ13年目、34歳の三振してベンチに戻る姿。放たれる光がまばゆければまばゆいほど、その作り出す影は、暗く深いものとなる。
村上が豪快な一発を放った翌17日、武内はひっそりと登録抹消でファーム行きとなった。この時期の二軍降格が何を意味するのか、僕にはわからない。と同時に、僕の頭の中では、松岡茉優の姿が鮮明によみがえってくる。昨年の文春野球でも、僕は武内のことを取り上げ、次の一文で文章を結んだ。
これまで、数多くの野球選手に取材をしてきた。けれども、今の武内にインタビューする自信はない。胸が詰まって、何も話せなくなりそうだからだ。いや、そもそも今の彼に何を聞けばいいというのか……。
しかし、今の僕はこの心境にはない。むしろ、「今こそ、彼の言葉を聞かなければ……」という思いが強くなっている。その理由はわからない。おそらく、彼にインタビューする機会は訪れないだろう。でも、彼が今、何を考えて、現役生活を続けているのかということは、一ファンとして、一ライターとして、しっかり見届けねばならないと思う。そんな気持ちが強くなっていることが、自分でも不思議なのだ。いよいよ、今季も終わりのときが近づいている――。
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